―真 実―
リチャードの放った「烈風刃」の衝撃波は、ザンの前方の空間をほぼ埋め尽くしていた。
(これでどうだ!
上下左右斜めのどの方向に避けても、お前に直撃するぞ!)
確かにリチャードのその攻撃には、逃げ道が殆ど無かった。
あるとすれば、攻撃が来る反対方向――つまりザンの後方ぐらいなものだ。
しかし後退したところで、音速を超えるスピードがなければ、安全圏まで逃げ切ることは不可能だろう。
だがザンには、さほど動じた様子もなく、
「ふん! その程度の芸当なら、私にもできる」
「!?」
ザンが上段から振り下ろした剣からは、衝撃波が生み出された。
それはたったの一振りであったが、いともあっさりとリチャードの「烈風刃」4発を飲み込み、相殺した。
「ばっ、馬鹿なっ!?」
リチャードは、あまりのことに愕然とする。
自らの最大の攻撃がこうも通用しないとは、想像もしていなかったのだ。
(なんだこれは……っ!?
こんなにも力の差が……これではまるで……!!)
「クソ――!」
リチャードは半ば自棄気味に、再び「烈風刃」を放とうとするが、その瞬間――
パキィ……ン
と、剣は軽い音をたてて粉々に砕け散ってしまった。
そこでようやく彼は、完全な敗北を悟ったのだろう。
脱力したように、地面へと膝をつく。
「……あんたの力に、剣が耐えられなかったんだ。
その剣は貧弱すぎる。
そんなナマクラじゃあ、あの闇竜は倒せやしない。
そろそろ話してもらおうか……。
誰が闇竜を倒したんだ?
あんたは知っているはずだ……」
「ち、違う……俺が倒した……」
地面に蹲ったリチャードは、弱々しく答える。
最早戦う気力も失せたようで、戦意は全く見られなかったが、それでも彼はかつての理想にしがみついた。
だがそれは、ザンにとっては理解しがたい感情であり、ただ煩わしいだけだった。
「何故そこまで竜殺しの称号にこだわる?
あんたの理想は、あんた自身によって、既に踏みにじられているというのに……」
「お……俺が……竜を……」
しかし、リチャードはまだ自らの言葉が偽りだということを、認めようとはしなかった。
それを認めてしまえば、彼にはもう何も残されていないという現実に、気付いているからなのかもしれない。
もっとも認めなかったところで、何も残されていないという事実は何も変わらないが。
それに気付けない時点で、彼は既に錯乱しているとも言える。
だが、そんなリチャードに対して同情するつもりなど、ザンには無い。
何よりも、真相が分からないままでは、この事件は終わらないのだ。
「いいか、あんたは竜殺しの英雄なんかじゃない!
今から本物と偽物の差がどれだけ開いているのか、見せてやる!」
ザンはブンと剣を振り上げ、そして叫ぶ。
「斬竜剣士ザンの名において命ずる。
汝、我が呼びかけに応じ、その封じられし力を解き放て!」
ザンの言葉と同時に、その剣からは凄まじいまでの魔力が放出され始めた。
通常の戦闘においては不必要なほど高い攻撃力と、それが故に激しい力の消耗を抑える為に施されていた封印を解いたのである。
「ひ……ひぃ……!?」
リチャードは恐怖した。
今、目の前で紅く輝いている剣からは、先ほどファーブが使用した呪文をもはるかに凌ぐ力が感じられたのだ。
「その目でよく確かめてみろっ!」
ザンは剣を高く振り上げ、そして、そのままリチャード目掛けて振り下ろす。
「…………ギッ!?」
剣はリチャードのわずか数cm横を通りすぎた。
しかし、直撃こそしなかったものの、リチャードは全身がバラバラになるような衝撃を受ける。
剣が叩きつけられた大地には数十mに渡って、大きな地割れが生じていた。
これでもまだ、ザンは手加減している。
「私が本気を出せば、まだまだこんなものじゃない!
このチャダラを両断することだってできる!
これが真に竜を倒せる者の実力だ!」
「………………!!」
地に倒れたままのリチャードは、茫然とした表情でザンを見上げた。
「お……同じだ……」
「何?」
「あいつと同じだ力だ……。
俺は……あいつの力に魅せられた……。
だから竜を倒すほどの力が欲しかったんだ……。
あの力さえあれば、全てが思い通りになると思ったのに……」
譫言のように述懐しながら、ザンを見上げるリチャードの表情には、羨望の色が入り交じっていた。
彼女と「あいつ」の姿を重ねているのだろうか。
「竜殺しの称号にこだわったのはその所為か……。
しかし『あいつ』とは一体何者なんだ?」
ザンの問いにリチャードは、弱々しく首を左右に振る。
「何者なのかは分からない……。
あの時、竜は俺に『配下になれば、見返りに巨大な力を与えてやる』と、語りかけてきた。
俺は迷っていた……。
その直後、俺の目の前で竜は真っ二つに裂けたんだ。
辺りには物凄い量の血が、撒き散らされて……」
(その時に、竜の血に寄生されたのか……)
リチャードは小刻みに身体を震わせていた。
その時の恐怖が蘇った所為のか、それとも興奮している所為なのかは一見しただけでは区別がつかない。
あるいはその両方なのか。
「竜から噴き出した血煙の向こうに、あいつがいたんだ……。
黒い鎧に身を包み、巨大な剣を携えた隻腕の男が……」
「――――――――っ!?」
リチャードのその言葉に、ザンはここ200年間で最大の衝撃を受けた。




