―対峙する両雄―
ザンはリックの方へと向き直る。
「……リックさん。
あなたの親友は私が倒すよ?」
「!」
ザンのその言葉を聞いて、今まで事態の変化の早さついて行けずに茫然としていたリックは、ハッと我に返った。
「本当なら、あなたたがやらなきゃならないことなのかもしれないけど、たとえリックさんが命を捨てて戦っても、もうあいつは止められないと思うから私がやる!」
「……君にそれだけの力があるのか……?
いや、そうだな……。
確かに君になら、あいつを倒すことができるのかもしれない……」
現にリチャードは今、ザンの攻撃によって負った傷の所為で、まともに動けない状態にある。
しかし出血は既に止まり、傷口も塞がり始めていた。
戦いはすぐに再開されるだろう。
「それならば……あいつを止めてやってくれ。
できれば人間として、罪を償わせてから逝かせてやりたかった……。
だが、今のあいつはただの怪物だ……。
ここで倒さなければ、おびただしい数の人間が死ぬことになるような気がする……」
リックは項垂れながら答えた。
自身では何もできない悔しさと無力感からか、その肩は微かに震えていた。
「そうか……。
じゃあ、私に任せてもらおう……」
ザンはリチャードに向かって、ゆっくりと歩み出す。
「……今度こそ、あの人を倒せますよね……?」
ルーフはザンの後ろ姿を見つめながら、不安げにファーブへと問う。
しかし、返ってきた言葉は意外なものだった。
「……分からん……」
「そんな、嘘でしょ!?」
「いや……あいつが本当に闇竜を倒しているなら、かなり手ごわいな。
闇竜は火炎竜などの上位竜が暗黒魔術によって、自らの肉体を更に強力に変質させて誕生した種族だ。
その能力は四天王を除けば、間違いなく邪竜の中でも最高位……。
奴等は邪竜共の支配階級なんだ……。
かつての奴等との戦いでは、ザンですら命を失いかけたことがあるくらいだ」
そう語るファーブの声は、緊張感に満ちていた。
「そ、それじゃあ……。
もしリチャードさんが、その闇竜を本当に倒していたら……」
「ザンに匹敵する能力を、秘めているかもしれない……!」
「そんな……!!」
ルーフは言い様の無い不安感に襲われる。
四天王のヴリトラすらも倒したザンが、負けるようなことがあるとは思えなかったが、それでもコーネリアが消滅した時以上の、恐ろしいことが起こるような気がしてならなかった。
「クソ……どうも貴様達に関わってからの俺は、運が悪い……」
リチャードは歩み寄ってくるザンに向かって毒づいた。
本来ならば、有無を言わさずに斬りかかりたいところであったが、まだ傷の再生が完全ではない。
しかし今の彼には、自身でも信じられないほどの力が枯れることなく湧いてきており、傷が完治するのも時間の問題だろう。
だからこそ今は、可能な限り時間を稼がなければならなかった。
「だが、お前には礼を言わねばならんな」
「礼……?」
ザンはリチャードのその言葉で、歩みを止めた。
「そうさ。
つい最近までの俺は、訳の分からん衝動に駆られ、気がつくと人を殺し喰らっていた。
このまま身の破滅まで、こんなことを繰り返すのかと恐れ戦いたよ……。
しかしお前は言ったな。
『強い精神力があれば竜の血の支配を克服できる』と……。
あの一言は、忌まわしい衝動を抑える為の希望となった。
克服できるかどうかも分からない衝動に抵抗するよりも、克服できると分かっている時の方が抵抗ははるかに楽だった。
少なくとも『このまま、為す術も無く狂ってしまうのか?』と、絶望せずに済んだからな。
おかげであれから数日……、俺はついに竜の血の支配に打ち勝ち、巨大な竜の力を使っても、人としての意識を失うことも無くなった。
俺は人間を超越した存在になったのだ!」
そしてリチャードは哄笑を上げる。
そんな彼の態度に、ザンは不愉快そうに表情を歪めた。
「竜の血の支配に打ち勝っただって?
馬鹿を言うな。
竜の血がそんな簡単に、克服できる訳がないだろう。
むしろあんたは負けたんだよ!」
「ま、負けただと……?」
「そうさ、ちょっと前までのあんたは、竜の血の支配に必死に抵抗していたはずだ。
だが、それによって満たされない渇望は蓄積され、より強くなっていく……。
そしてついには限界を超え、竜の血の本能があんたの意識を支配していたんだ。
だけど今は違う!
あんたは自らの欲望の為に、竜の血を受け入れた……。
欲望の為にその力を欲したんだ。
今のあんたは、竜の破壊衝動などの邪悪な欲求を満たしているも同然だ。
だから竜の血は、あえて人間としてのあんたの意識を奪う必要が無いのさ。
あんたは既に竜の血に負け、支配されているだよ。
つまり今のあんたは、邪悪に堕落した敗者だ!」
ザンのその態度は、まるでリチャードを見下しているかのようであった。
いや、その視線には、明らかに侮蔑の色が混じっている。
ある意味では彼女とリチャードは、同じ境遇にある存在だが、「私はお前なんかとは違う!」と言いたげだった。




