―真の竜を屠りし英雄―
「アガアアァーッ!?」
リチャードは突然に生じた激痛によって、絶叫を上げる。
肩口から腹にかけて剣で斬り裂かれ、ボタボタと大量の血を溢れさせるその傷は、並の人間ならば即死しているほど深かった。
今の彼にとっては致命傷ではないが、決して浅い傷でもない。
(あ、あの女……山脈からもう戻っていたのか……っ!!)
ドナウ山脈からいつ戻ってきたのか定かではないが、そこにはザンの姿があった。
常人ならば往復するだけでも2日はかかるし、山脈に何らかの目的があって行くのならば、それが終わるまでには1週間はかかる──と、リチャードは考えていただけに、彼女の帰還は予想外だった。
いずれにしても、この傷ではいかに竜の血に寄生された怪物であるリチャードでも、暫くの間は動けないだろう。
一方ザンは、そんなリチャードを威圧するかのように無言で睨め付けていたが、不意に彼に背を向けて、ファーブ達のもとへと歩み寄る。
「ザン!
よく来てくれたな。
場所はすぐ分かったか?」
ファーブの呼びかけにザンは、
「……あれだけバカでかい音を立てられたら、すぐに分かるって……」
と、渋面を作る。
その表情から察するに、どうやら先ほどの雷鳴の如き爆音にはかなり驚かされたらしい。
ひょっとしたら、彼女は雷が苦手なのかもしれない。
だが、その爆音のおかげで、ザンはファーブ達の居場所を知ることができたのである。
もっとも、彼がそこまで計算して、「烈破」の魔法を使用したのかは、謎ではあるが……。
「それにしてもファーブ、さっきのは『烈破』だろ?
それで倒せないってことは……やっぱりあいつ、ヴリトラの血を体内に宿しているのか……」
「なっ、ヴリトラだと!?」
「えっ?
でも、ヴリトラって、ザンさんが3ヶ月前に倒したんじゃあ……」
そんなルーフの疑問も当然であった。
リチャードが竜の血に寄生されたと推測されるのは、今から2ヶ月ほど前のことだ。
その頃には既に、ヴリトラはこの世に存在しない。
「今は詳しい話を省くけど、リチャードに血を与えた竜は、ヴリトラの配下だったらしい。
それならコーネリアにいたブロッザムと同様に、ヴリトラの血を与えられて分身になっていた可能性があるのかもしれないな」
「やはりそうか……」
どうやらファーブの想像していたことは、不本意ながら当たっていたようだ。
邪竜の中には人間だけではなく、自身よりも格下の竜に血を与え、分身として操る者も存在する。
……が、余程の力の差が無ければ、これは成り立たない。
もっとも四天王ほどの強大な竜ともなれば、造作もないことなのかもしれないが。
おそらくリチャードは、四天王から血を与えられた竜の血に寄生されたのだろう。
純粋ではないにしろ、四天王ほどの超越した存在の血が人間に寄生すれば、突然変異とも言える凄まじい変化を肉体にもたらすことは十分に有り得た。
「それじゃあザン、肝心のリチャードへ血を与えた竜はどうなったんだ?
リチャードが言う通りに、既に倒されてしまっているのか……?」
「竜は真っ二つになっていたよ……」
「……え?」
ファーブは、そしてルーフも一瞬我が耳を疑った。
それではリチャードの竜を倒したという言葉は、正しかったということなのだろうか?
しかしザンには、とてもそうだとは思えなかった。
あの存在は、リチャードごときがどうにかできるような相手では、決してないのだから──。
「たったの一撃で、奇麗に真っ二つにされていたんだ……。
……それも闇竜がね……」
「闇竜が――!?」
ファーブは、慄然としたような声を上げた。
それだけザンの言葉は、信じがたいことだったからだ。
「かなり死体が腐敗していたけど、あの影に覆われたかのような暗い皮膚の色合いは間違いない。
だけどあれを見た時は、自分の目が信じられなかった。
だから真実をリチャードから聞きだす為に、大急ぎで戻ってきたんだ……」
そう、闇竜が何者かに倒されたという事実だけは間違いない。
だが、それがリチャードの仕業であるとは、ザンにはどうしても思えなかった。
なぜならば、闇竜を一撃で倒すなんてことは、ザンでさえも容易なことではないからだ。
ただの人間には、どう足掻いても不可能な所業だろう。
では、一体何者が──?
それはザンにも理解が及ばないような、巨大な何かが裏で動いていることを示している。
とてもこのまま放置できるようなものではなかった。
もしも放置すれば、この世界に多大な災禍を招くことになるだろう。
だからザンには、一刻も早く真相を確かめる必要があったのだ。
今日は『おかあさんがいつも一緒』も更新しています。
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