―目玉の本気―
リチャードは殺気を膨らませつつも、余裕の表情を浮かべていた。
なぜならば──。
「……自首を勧めに来たということは、他の連中にはまだ俺のことを報告していないのだな……?」
「うっ……!」
図星を指されて、リックは言葉に詰まる。
彼が他の警備隊員に真相を話していれば、既に大勢の隊員がここへ突入してきてもおかしくはない。
少なくともこの屋敷の周囲には、包囲網が形成されているだろう。
しかし、竜の血の能力によって異常に感覚が研ぎ澄まされている今のリチャードでも、そのような気配は感じ取れなかった。
つまり、警備隊は動いていない。
仮に動いていたとしても、彼ならば余裕で返り討ちにすることができるだろう。
それを考慮して、警備隊を動かさなかったリックの判断は正しかったと言える。
──が、その結果、彼の生命は危険にさらされている。
「ならばここにいる全員を皆殺しにすれば、まだこのチャンダラには俺の居場所がある……。
今度は親友だったお前とて、容赦はしないぞ……リック?」
リチャードは血脂で汚れた刃を、リックへと向けた。
そんな彼の目には、既に迷いの色は無い。
「やめてくれ……リチャード」
リックは必死でリチャードの説得を試みようとしたが、何をどのように言えば彼を止めることができるのか、全く分からなかった。
そもそも更に増していくリチャードの殺気の強さを前にしては、言葉がいかに無力なのかは、最早誰の目にも明らかだった。
「やれやれ……。
やっぱり説得は、無理のようだな……」
それまではリックの背後でことの成り行きを見守っていたファーブは、彼の前に身を乗り出す。
どうやら、リチャードとの再戦に挑むようだ。
「なあ……ルーフ。
この屋敷って結構敷地が広いから、少しくらいなら本気でやっても他に被害が及ばないと思うんだけど、どうかな?
もう家主も死んでるみたいだし、ここを吹き飛ばしても問題無いよな?」
「え……?
さあ……そんなことを僕に言われても、困りますけど……。
他にリチャードさんを止める方法が無いのなら、やるしかないんじゃないんですか?」
やはり今まで状況を見守っていた――と言うか、周囲に死体が沢山あるので、殆ど目を逸らしていたルーフは、リックの背後から答えた。
ただ、彼には何の権限も無いので、かなりいい加減に、だが……。
「お……おい……?」
そんな2人の会話に、何か不穏な物を感じたリックであったが、彼にはもうどうすることもできない状況に陥っていた。
強まるリチャードの殺気に対して、ファーブの魔力も高まっていったからだ。
「チッ、またさっきの目玉か……。
今度こそ叩き斬ってくれる……!」
「そんな大口を叩く暇があったら、さっさと逃げた方がいいぞ。
もっとも、最低でも半径100mの範囲を吹き飛ばすから、逃げられないだろうけどな」
「何だと……?」
リチャードが怪訝そうに眉根を寄せた瞬間、ファーブは力強く呪文を読み上げ始めた。
「集え、地水火風の精霊達よ。
汝ら1つに交わりて生み出すは、神秘の理。
其の力をもって解放せしは、天の扉!」
その呪文は詠唱の段階から、凄まじいまでの魔力を放出していた。
あまりにも巨大な魔力の流れに呼応して、屋敷全体が振動し始める。
「う……うわわわ……っ!?」
ルーフは近くの壁にしがみつきつつ、恐怖に上擦った声を上げる。
これほど巨大な力の流れを感じたのは、コーネリアが消滅した時以来だ。
また、警備隊として厳しい訓練を受けてきたリックでさえも、おぼつかない足取りとなっていた。
「馬鹿なっ、何だこの力は……!?
たかが、目玉の化け物ごときにこんな……!?」
リチャードは愕然とした。
この呪文が完成すれば、どれだけの威力を発揮するのか、想像も及ばない。
ただ、ファーブの言う通り、逃げることは無意味だというのは分かる。
今から逃げたところで、確実に魔法の効果範囲内に飲みこまれるだろう。
「チィィィィッ!」
それならば──と、リチャードはファーブ目掛けて剣を振るう。
彼にできることはただ1つ、呪文の完成前にファーブを倒すことだけである。
しかし、時は既に遅かった。
「烈破!!」
ファーブの術の完成と同時に、爆音が市の全域に轟き渡る。
熱を伴わない純粋な力の波動が、数百m四方に渡って吹き荒れ、全てを薙ぎ払った。
当然、市長の屋敷は粉々に粉砕された。
「烈破」――主に攻城戦に多く用いられ、巨大で堅固な城壁を破壊し得る威力を持つ、強力無比な魔法だ。
勿論、この烈破以上の超攻撃魔法もこの世には存在するが、竜族に匹敵する魔力を持つ者でなければ、個人での使用はまず不可能である。
この「烈破」でさえ、本来は数十人単位で使用する術なのだ。
そして個人で「烈破」以上の術を使用できる能力を持つ人間は、長い歴史の上でもたったの数名しか存在しない。
つまり、ファーブが今し方使用した術は、実質的に人間にとっての最強攻撃魔法だと言っても過言ではなかった。




