―英雄の抗拒―
抗拒-抵抗・拒絶すること。
なお、今回は少々残酷な描写がございます。
命乞いの言葉に何の反応を返すこともなく、剣の切っ先を向けてくる男――リチャードへ、市長は再び呼びかける。
「助けてくれ……っ!」
「助けてくれ……?
貴様は市民の助けを乞う声に、どれほど耳を貸してきた?」
「わ、私は市民の声を、沢山市政に反映して来たぞ!
より市民の暮らしを良くする為に、福祉にも、雇用問題にも、その他の諸課題にも、全力で対応してきた。
その結果、このチャンダラは国内有数の、大都市にまで成長したのだ!」
市長は必死で自らの功績をアピールした。
まるで、
『私は多くの市民に救いの手を差し伸べてやった。
だからお前も同じように私を助けてくれ』
──とでも言いたいかのように。
あるいは、
『ここで自身が死ねば、市政は滞り、更なる困難が市民を襲うことになる』
とでも言いたいのかもしれない。
そんな市長の言葉を受けてリチャードは、静かな、しかし深い怒りのこもった声で、その全てを否定した。
「世迷い言を喚くな……っ!」
ズブリ……と、リチャードの剣は安々と市長の厚い顔面の肉にめりこみ、骨をも突き通した。
市長はそのまま悲鳴すら上げることもなく、ただの肉の塊と化した。
「お前の言葉が本当であるのならば、今の貧民街の現状はなんなのだ……!?」
リチャードは吐き捨てるようにそう言うと、市長の死体を蹴り上げた。
100kgは優に超えているであろう身体が、ゴムボールのように軽々と宙に舞う。
そして落下してきた市長の胴体を、彼は剣で横薙ぎに払った。
すると、まるで野菜でも切ったかのような呆気なさで、その上半身と下半身は永遠に離ればなれとなる。
直後、床に叩きつけられた肉の音が室内に響き、その音の発生源は血と臓物をまき散らしながら転がって、床を酷く汚した。
リチャードはその光景を、つまらなそうに見つめていた。
この市を蝕む巨悪を全て斬ったにも関わらず、不思議と達成感は無い。
ましてや、今は竜の血を制御できているので、周囲に転がる死体に食欲を刺激されることもなかった。
あるのは、「どうしてこうなってしまったのか?」という想いだけだ。
その答えは、彼の背後の生じた気配が教えてくれるだろうか?
「──リチャードぉ!!」
部屋の入り口の方から、親友の叫び声が聞こえてくる。
リチャードはゆっくりと、その方向へ向き直った。
「やはり、来たか……リック」
リチャードは何となくリックが来るのが分かっていた。
(奴ならば、俺の行動が読めるだろう)
と……。
(あいつは優秀な男だ……)
リチャードの顔に複雑な表情が浮かぶ。
それは自身の凶行を、親友に目撃されてしまったが故の悲しみのようでもあり、あるいは自身の行動を読んだリックの能力に対する称賛と嫉妬とのようでもある。
「……なんてことを……!」
犯行の現場を目の当たりにしたリックは、絶望的な感情に襲われた。
これまで聞いてきた話から、リチャードの犯行はほぼ間違いなかったが、それでも自身の目で確かめるまでは、否定したい気持ちも残っていたのだ。
「どうする……リック。
俺を捕らえるか……?」
リチャードは自虐的な笑みを浮かべた。
「いや……違う。
ルーフ君の話では、今のお前は警備隊の全戦力でも捕縛することはできないだろう……。
元々剣術の腕で、お前に勝てる者など、この市には存在しないしな……。
だから説得に来たのだ……。
自首してくれリチャード……」
「自首……?
その結果、むざむざと断頭台にかけられろとでも言うのか?」
リチャードは乾いた笑みを浮かべ、戯けたように両手を大仰に広げてみせる。
「……確かにそうなるのかもしれん。
しかしこのままお前が逃げ続ければ、市民はいつまでも殺人鬼の恐怖に脅え続けなければならなくなる……。
市民を安心させる為には、事件の解決が必要だ」
そう訴える親友の顔から、リチャードは視線をそらして問う。
「…………俺は間違っていたと思うか、リック?」
「……分からん。
ひょっとしたら、今お前がしたことは間違ってはいなかったのかもしれない。
だが、最善の方法だったとは私には思えない……。
それにお前が罪の無い市民を、殺めてしまったのも事実だ。
考えてみてくれ……。
お前に殺された者の家族や隣人が、どれほどの悲しみを抱えてしまったのかを……。
……だから、罪を償ってくれ、リチャード」
「…………」
暫しの間、2人の間に重い沈黙が漂う。
しかし唐突に、
「…………クックック…………ハハハハハハ……」
リチャードは哄笑を上げ始めた。
「ククククク……。
全くお前の言う通りだ。
お前はいつも優秀だったな……。
お前には実力もあれば、人望もある。
同期で入隊した俺が一隊員にすぎないのに、お前は既に隊長にまでなっているのが良い証拠だ。
……お前さえ本気になれば、俺よりも上手くこのチャンダラを救うことができたのかもしれないな……」
「リチャード……」
リックには何も言えなかった。
リチャードの指摘は、自分自身でも自覚していることだからだ。
確かに自身の警備隊隊長という権限を最大限に利用して全力を尽くせば、チャンダラ市の現状はもう少しマシなものになっていたのかもしれない。
しかし市民を苦しめている市長を始めとした上層部の者達と真っ向から対立すれば、命を狙われることになりかねない。
リックには命を懸けてまで、チャンダラを救うという使命に情熱を注げなかった。
それは貧民街出身でどん底の生活を経験したリチャードとは違い、彼は中流階級出身でさほど不自由も無く生きてきたが故に、何処かでチャンダラの現状に妥協していた部分があったからなのかもしれない。
だからリックは、親友からの協力の要請があれば動きはしたはずだが、自らは積極的に何かをすることはなかった。
平和な生活の中から、戦いの中に自らの身を投じる覚悟を持てなかったのだ。
だが、その結果がこれだ。
「……確かにお前の言う通りにすれば、このチャンダラは平和そのものになるだろうな。
だが、その平和なチャンダラの中に、この俺はいない!
最もチャンダラを救う為に尽力してきた、この俺がだっ!
そんな結末は……とてもじゃないが我慢ならない……!!」
リチャードから発せられる殺気は、目に見えて膨らんでいった。
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