―浮かぶ球体―
「――で、竜の居場所は聞けたのか?」
「ううん。
ルーフもカード本人じゃないと、分からないんじゃないか……って言ってた」
あれからザンが色々と質問をしてみたところ、ルーフは割と協力的に質問に答えてくれた。
彼女には理由がよく分からなかったが、何故か親近感を持たれたらしい。
まあ、それでも最後には「絶対に変な気は起こさないでくださいよ!」と、釘をさされはしたが。
ついでにテーブル代も、キッチリと支払わされた。
そして今、ルーフから一通り聞きたいことを聞き終えたザンは、自室に戻ってきている。
さして高級でもないベッドに腰をかけながら、彼女はぼやくように呟いた独りごちた。
いや──、
「……やっぱり一暴れするしかないみたいだな~。
せっかく穏便に話を進めようと思ったのにさ」
「ま、いつものことだな」
ザンは誰かと会話をしているようだった。
声からしてその会話の相手は、若い男のようである。
しかし不思議なことに、その部屋の中にはザン以外の人影は見あたらない。
……人影は無いが、代わりにザンの頭上の辺りを直径50cmほどの球体が、フワリフワリと浮遊していた。
それだけでも十二分に異様な光景だが、その球体の正体を他者が知れば、「異様」と呼ぶのが生易しい光景だと思ったことであろう。
なにせその球体は、巨大な眼球であったのだから。
しかも瞳孔の形が爬虫類などによく見られる、縦に細長い形状をしていた。
「いつものこと、とは言っても……今回は相手が相手だからな~。
下手をすると、町にとんでもない被害が出るかもしれないぞ……」
ザンのその言葉を聞いた目玉は、「おや?」とでも言うかのように、意外そうな表情を――というか気配を見せる。
「お前がそんなことを言うなんて、今回は相当厄介な相手のようだな……。
まあ、今聞いた断片的な情報からでも、大体相手の正体は予想できるけど……。
やはり奴等か?」
目玉の問いに、ザンは真剣な面持ちを作って答える。
「ああ……。
ルーフの話から推測すると、まず間違いなく火炎竜だな……」
「やはり火炎竜か……」
目玉は重い調子で、その名を繰り返し呟いた。
火炎竜――彼らは竜という種族の中でも、上位に属する。
本来穏やかな性質の者が多い竜種の中でも、特別に気性の荒い種族として知られ、戦闘能力も極めて高い。
人間にとっては最も遭遇してはいけない竜の1つであり、彼らとの遭遇はそのまま死を意味していると言っても過言では無かった。
「ふむ……。
確かに奴等の持つ、炎を自在に操る能力は厄介だな。
炎が町の建物に燃え移っただけでも、被害は甚大な物になりかねん……。
それにあの大戦で、邪竜王側についた竜の大半は火炎竜だったからな。
もしも邪竜王の直属の配下だった者なら、並の実力ではないだろうし、かなり厳しい戦いになるかもな……」
目玉は心配そうに、ウロウロと宙を漂った。
「まあ……心配はいらないさ。
私の力はファーブ、あんたが一番分かっているだろ?」
目玉は「ファーブ」という名前らしい。
そのファーブは、まだ不安を拭い切れない表情――をしているようだ――で答える。
「そうだな……。
確かにお前が火炎竜如きにどうにかされてしまったのでは、俺の立場がない。
しかし今回はどうも嫌な予感がするんだよなぁ……」
「ま、心配したところで始まらないさ。
それに相手が何者だろうと、私は許さない……!」
「…………ああ」
一瞬険しくなったザンの表情を見て、ファーブは声音を低く落としながら同意する。
「それよりもさ、明日からは暫くの間はゆっくりとできなくなるだろうから、今日はもう休みたいんだけど。
もうどこかに行ってくれないかな?」
ファーブの心配を余所に、ザンは素っ気なく言う。
そんな彼女にファーブは、
(折角心配してやってるのに、その態度はないだろ……)
と、文句の1つでも言いたい気分になったが、ザンが素っ気ないのはいつものことなので、いつも通り我慢した。
「分かったよ……。
じゃ、おやすみ……」
ファーブがそう言うと、どういう絡繰りなのか、脈絡無くその場から姿がかき消える。
そしてファーブの気配が完全に消えたのを確認したザンは、マントと鎧、そしてブーツを脱ぎ捨てて──しかし黒いスーツは着こんだまま、ベッドに潜り込んだ。
スーツが汚れていることなどは、気にしない性分らしい。
それとも最低限の装備が無いと、心許ないということだろうか。
(嫌な予感がする、か…………)
ザンは不安を打ち払うように頭を振り、枕に顔を埋めた。
そしてすぐに寝息を立て始めたが、その寝顔は何処となく緊張に強張っていた。
「火炎竜」に「ファイアードラゴン」とルビが振られていますが、これは「かえんりゅう」と読んでも構いませんし、他の名称に関するルビについても同様です。読者様のそれぞれが、好きな方の読み方を選んでください。