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―最後の標的―

 ルーフ達が警備隊の本部に辿り着くと、周囲は喧噪に包まれていた。

 多くの隊員達が慌ただしく本部に出入りしており、何か重大な事件が発生したことが分かる。

 実際、隊員達は鎧を纏い、剣や槍などの武器を携行した完全武装の姿であった。

 

「何があった!?」

 

 出動しようとしている隊員に、リックは問う。

 

「た、隊長! 大変です。

 教会が襲撃されました! 

 チャンダラ教会の最高司祭以下8名が、惨殺されていますっ!!」

 

「な……っ! 

 して、犯人は!?」

 

「正体は依然掴めていません! 

 目下、全力で捜索中!!」

 

「……わ、分かった。

 私も準備を整えてから現場に駆けつける。

 副隊長はもう現場に向かっているな? 

 とりあえず彼に全権を任せるから、私が到着するまではその指示に従ってくれ。

 ただし、万が一犯人を発見しても、戦闘は極力禁ずる。

 犯人の実力は、本国の近衛兵以上だと想定して、慎重に対応せよ!」

 

「ハッ!」

 

 指示を受けて現場へと向かう隊員の背をリックは静かに見送っていたが、彼は不意に脱力して崩れるかの如く、警備隊本部入り口の石段へと腰を下ろした。

 

「…………あいつがやったのか……?」

 

 震える声でリックは呻く。

 彼にとって否定したい現実ではあったが、状況から判断する限り、教会の襲撃はリチャードの仕業と見て間違いなかった。

 

 事実、チャンダラ市の教会は人々の信仰心を利用し、「教会への寄付」の名目で人々から財産を巻き上げるなどのあくどい活動をしていた。

 つまり、市の腐敗に関わる、最も大きな集団の1つだと言える。 

 しかも表向きには国の認可を受けた宗教団体の中でも、一際大きな団体であった為に、警備隊も手出しができず、野放し状態にあった。


 それだけに今回の事件が公になれば、おそらく「よくぞやってくれた」と、喝采する者も少なくはないだろう。

 だから仮にリチャードが襲撃しなかったとしても、いずれは誰かが同じことをしていたかもしれない。

 それだけ狙われる理由は、十分にあったのだ。

 

「リチャードさんはもう、手段を選ばなくなったんだ……」

 

 そんなルーフの言葉を認めたくはなかったが、リックはゆっくりと頷く。

 リチャードは竜を倒して得た名声と地位を利用して、チャンダラの市民を救うことを諦めた。

 そんなことよりも、もっと早くて簡単な方法を実行しようとしている。

 

 それは、人々を苦しめる者達の皆殺し――。

 今のリチャードの能力をもってすれば、決して不可能なことではないだろう。

 そして彼が次に狙うとすれば――、

 

 リックは目の前で夜の街に影を落とす、巨大な建物を仰ぎ見た。

 

「次は市長か……?」

 

 市長の邸宅は警備隊の本部がすぐ近くにある為、有事の際にはすぐに警備隊が駆けつけられるようになっている。

 しかし、隊員の殆どが教会の襲撃事件に対応する為に出払っている今、なにか事件が発生したとしても、警備隊の介入にはどうしても時間がかかるだろう。

 市長宅に襲撃をかけるのなら、まさに今こそが絶好の機会(チャンス)だった。

 

「とにかく、様子を見に行ってみましょうよ!」

 

「……そうだな」

 

 リックはルーフの言葉を受け、何かを決心したように表情を引き締めて立ち上がる。

 だが、市長の邸宅へと向かうその足取りは、何かを恐れているかのように重い物だった。

 


 市長の邸宅の最上階となる5階――そこに市長の自室がある。

 勿論、チャンダラ市の中でも、群を抜いて豪壮な構えの大邸宅だ。

 これ以外にも市長の自室はいくつもあるが、ここはその中でも特にお気に入りの部屋──という意味で、である。

 

 とは言え、この部屋を気に入る者が――ましてやこの部屋にいて落ち着ける者がいるとしたら、その人間はかなり独特な感覚(センス)の持ち主なのではなかろうか。 

 なにせ部屋の壁全面には金箔が張り巡らされており、黄金の光沢が室内を照らし出していたのだから。


 そんな室内には、抽象的あるいは写実的な彫刻やら絵画やらが統一感無く並び、好みの方向性を全く感じさせない。

 しかもそれらの絵画は、宝石などがちりばめられた豪華な額縁に納められており、器の方が中身よりも目立ち、高価そうであった。

 

 おそらくこの部屋の主は、芸術というものを何1つ理解していないのではなかろうか。

 個々の美術品は素晴らしい出来映えなのに、その良さを少しも活かせない展示の仕方をしていた。

 ただ単に作者が著名で、値が高額な美術品を手当たり次第に集め、自身の財力を誇示しようとした結果が、この成金趣味を丸だしにした部屋を形成しているのだろう。


 この芸術を冒涜したような部屋は今、むせ返るような血臭に包まれていた。

 いや、正確にはこの部屋だけではない。

 この部屋に至る正門からの通路には、鉄錆にも似た臭いで満ち溢れていた。

 

 その血臭の発生源は、通路の随所で大量の血液をまき散らしながら倒れ()している。

 皆、重武装の装備に身を包んだ、屈強の戦士達だった。

 彼らは市長が自らの身を守る為に雇った護衛達であった。

 市長には命を狙われる心当たりが、沢山あるらしい。

 

 しかしその護衛達も、全くと言っていいほど役に立ってはいなかった。

 その殆どが突然の侵入者によって、ほぼ一撃のもとに絶命させられている。

 その数は20名近い。

 

「た……助けてくれ」

 

 異様なほどに肥満した初老の男――チャンダラ市長は震える声で命乞いをする。

 彼は恐怖の為に身体を小刻みに震わせており、その身体を包む高価そうなガウンは、彼を守るはずの護衛達の血で、酷く汚れていた。


 そして遠からず、そのガウンを市長自らの血で汚すことになるだろう。

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