―友人としての壁―
ルーフ達は、警備隊の本部へと向かっていた。
殺人事件の容疑者となったリチャードについて、報告する為にだ。
ただしそれは、彼の逮捕を要請する為ではない。
今のリチャードは、警備隊の戦力でどうにか出来る相手ではないだろう。
彼を本気で捕縛するつもりなら、国の騎士団を投入する必要がある。
ならば警備隊には、近隣の住民に対して避難や警戒を呼びかけてもらうように働きかけた方が、得策であるはずだ。
その警備隊本部への道すがら、ルーフは今までのことの成り行きを、リックへと大まかに説明した。
リチャードは竜の血に寄生されており、その血からもたらされた衝動によって、連続殺人を侵してしまったのだと。
勿論、斬竜剣士などについては説明しても理解してもらえないだろうから、色々と省略しながらではあるが。
ちなみに、リックに姿を見られたファーブは使い魔ということにしておいた。
なんだか後が怖い。
それはともかく、リックはルーフの話を信じられないような面持ちで聞いていたが、最終的にはその話の殆どを信じた。
親友だからこそ分かるのだ。
リチャードに限っては、有り得ないことではない……と。
貧民街で生まれたリチャードは、母子家庭であった。
貧しい生活の中、母は幼かったリチャードを育てる為に必死で働き、しかし無理が祟ったのか早くに亡くなってしまったのだと、リックは聞いている。
そんな母親の恩に応えようとしたのか、あるいは母を奪った苛酷な貧民街の現状を少しでも良くしようとしたのか、リチャードは凄まじい努力の末に、決して簡単ではない警備隊への入隊資格を勝ち取った。
そして少しばかりの裕福さを得た彼は、その対価として街の平和の為に誰よりも働いた。
その献身的なリチャードの活躍は、同期で入隊したリックもよく知っている。
彼は競い合える良きライバルとして、リチャードのことを尊敬してもいたのだ。
だが、一警備隊員の身では、街の現状を少しも変えることはできなかった。
小さな悪を取り締まることができても、貧民街の人々を苦しめている元凶である大きな悪はどうすることもできなかった。
権力で押さえつけられてしまうのだ。
それは警備隊の隊長という地位にあるリックでも、そうは変わらないだろう。
むしろ彼は、実家の家柄がそこそこ良く、また人付き合いも得意な方だったので、結果的に昇進が早かっただけだ。
能力としては、リチャードに劣るという自覚もある。
しかしだからこそリックは、心の何処かで不甲斐ない自身を変えたいと思い、くすぶっていた。
だが、本気で行動する為の切っ掛けは得られず、今日まで妥協して生きてきた。
なんだかんだで今の生活にはさほど不満も無い彼には、命がけで権力と戦う動機は無かったからだ。
それでもリチャードから助力を求められれば、リックも協力は惜しまなかったかもしれない。
しかしリチャードは、リックに対して少しもそのような素振りを見せなかった。
おそらくはリックまでもが、市の上層部に睨まれるような状況になることを恐れたのかもしれないが、あるいは自身と違い、比較的裕福な家庭に生まれ育ったリックに対して、親友と言えども何処か相容れないものがあったのかもしれない。
それに気づいていたリックも、あえて深入りはしなかった。
(やはり貧民街に生まれた者にしか、分からない想いという物があるだろう。
そこへその想いが分からぬ自分が入っていっても、彼の誇りを傷つけるだけなのではないか……?)
リックはそう考えたからだ。
しかしそれが、結局はリチャードを独りで思い悩ませ、今回のような惨劇を招く結果となったのではないか――?
「……あいつが竜を倒したって聞いた時は、本当に嬉しかったよ。
これであいつの願いも、報われると思った……。
だけど、こんなことになるなんて……」
「リックさん……」
もしもリックがもっと積極的に手を貸してさえいれば、リチャードは竜の退治などという危険な賭けに出る必要は無かったのかもしれない。
彼の顔には、後悔の色がありありと浮かんでいだ。
(私はもっと、あいつに関わってやるべきだった。
たとえそれであいつと衝突することになっても、今の地位を失うことになったとしても……!!)
だが、後悔したところでもう遅い。
今はただ、これ以上リチャードに罪を重ねさせないよう、全力を尽くすだけだ。
……そんなリックの決意も、既に手遅れではあったが──。
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