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―英雄は死なず―

 炎の中でリチャードの身体は、随所が焼け(ただ)れていたが、どれも致命傷には及ばず、それどころか早くも再生を始めているようだった。

 そう、彼の身体は高熱の炎の中にありながらも、既に燃えることをやめていたのである。

 

「あの野郎……結界を張っただけではなく、炎も制御しやがったぞ。

 命の危機を感じて、竜の血の防衛本能が働いたとでもいうってのか? 

 ……このしぶとさ、竜を倒したって話もあながち冗談じゃないかもしれんな……」

 

 そんなファーブの声には、驚嘆と焦慮(しょうりょ)の色が見え隠れしている。

 リチャードの肉体は竜の血との相性が良かったのか、必要以上に大きな力を得ているようだった。

 勿論ファーブが本気になれば、十分に倒せる範囲の強さではあるが、こんな街中で彼が本気を出せば、市に生じる被害は殺人鬼のそれを数千倍も上回りかねない。


 だが、今や結界を張るまでに至ったリチャードを、手加減した魔術で倒すのは難しいだろう。

 

「……なんでこんな時に、ザンがいないんだよ……」

 

 と、ファーブは嘆く。

 ザンの剣ならば、周囲にさほど被害を出すこともなく、リチャードを倒せるはずだ。

 しかし彼女は、ドナウ山脈から未だ戻ってきてはいなかった。

 

「ど……どうするんですか、これから?」

 

 ファーブの様子から、状況の悪さを感じ取ったルーフは、不安げな様子で問いかける。

 

「……今日はさっさと引き上げて、ザンが帰ってきてから出直すとするか、ルーフ?」

 

「逃げるって、言うんですかぁ!?」

 

 ファーブの言葉に、ルーフはすっとんきょうな声を上げた。

 まさか竜であるファーブが、逃げ出すことになろうとは思ってもいなかったのだ。

 

「戦術的撤退と言え。

 今回は状況が悪すぎる」

 

「でも、あんなのを、このまま放ってはおけませんよぉ!」

 

「しかしだな……」

 

 そんな風に2人が言い争いをしている間に、ルーフの言う「あんなの」は行動を起こしていた。

 突然、リチャードを中心にして、突風が吹き上がる。

 

「うわあああああああっ!?」

 

 その突風を発生させたのは、斬撃であった。

 リチャードは闘気を纏わせた剣を高速で振るい、そこから発生した衝撃波を足下の地面に叩きつけることによって、彼を包んでいた炎をかき消したのだ。

 

 烈風刃(れっぷうじん)──。

 それが今、リチャードが使用した技の名であり、人間が生み出した剣術の中でも奥義の1つに数えられる物である。

 使用者の能力次第で威力も異なるが、強力なものになると数十mと離れた複数の敵を同時に斬り刻むことも可能だという。


 当然、誰もが習得できるほど簡単な技ではない。

 それだけにこの技が使えるということは、リチャードという男が並ならぬ達人であることの証明でもあった。

 ましてや今の彼は、竜の血の力を得ている。

 

「…………お前、あんなのとこれ以上戦いたいか?」

 

 ファーブの言葉に、ルーフは顔を青く染めて、ぶんぶんと無言で首を左右に振った。

 リチャードが技を叩きつけた地面は、弧を(えが)くように、数mに渡って深く(えぐ)られている。

 これだけの威力がある技が、自身に向けられようものなら――そう思うと、ルーフはとても生きた心地がしなかった。


 状況はルーフ達にとって悪い。

 だが、彼らが逃げようとしたところで、リチャードがそれを許すはずもなく、彼は再び「烈風刃」を撃つ構えを取った。

 これから放たれるのは、ルーフ達の息の根を止める為の全力の一撃――先ほどの炎を消す為に使った物とは、威力の桁が違う。

 

 だが、その時――、

 

「リチャード……?」

 

「……っ!?」

 

 公私共に認める親友が、彼の名を呼ぶ。

 今まで繰り広げられていた戦いの喧噪が、リックの意識を取り戻させたのだ。

 更にリチャードの顔を隠していたはずの外套のフードは、ファーブの火炎呪文によって焼け落ちていた。

 

(見られた――っ!?)

 

「なんでこんな所にリチャードがいるんだ? 

 いや、そんなことより、お前……今ルーフ君を狙っていなかったか……?」

 

 (いぶか)しげに問いながら、リチャードへと歩み寄って行くリック。

 そんな彼に対してリチャードは、何か混乱したような表情を向けた。

 

「…………リチャード?」

 

「危ないリックさん! 

 近付いたら駄目だっ!!」

 

「!!」

 

 ルーフのその叫びを引き金に、リチャードは思い出したかのように「烈風刃」を放つ。

 しかし、その攻撃は何者も傷つけはしなかった。

 ただ、リックの手前の地面を大きく斬り裂き、大量の土埃を巻き上げただけである。

 

 暫くして土埃が収まったその場からは、リチャードの姿はかき消えていた。

 

「逃げた……」

 

 ファーブが茫然と呟く。

 

「え? 

 なんで…………え?」

 

 ルーフも最初は、全く訳が分からない──といった様子であったが、その瞳には徐々に理解の色を宿し始める。

 

「そうか……まだ人間らしい心が残っていたんだ……」

 

 そう、リチャードには、やはり親友を殺すことができなかったのである。

 


 リチャードは、貧民街の路地を疾走していた。

 その表情は苦々しく歪んでいる。

 彼は親友の命を奪うことも厭わない覚悟で、この(たび)の襲撃を決行した。

 しかし、土壇場でリックを殺す決心が鈍ってしまったことが、彼には忌々しい。

 

 そんなリチャードの葛藤は、人間として恥じるものではなく、むしろその逆だが、彼にとって「チャンダラ市の貧民達を救う」という崇高な理想──あるいは絶対に為し遂げなければならない使命と思い込んでいたものを、親友とはいえたった1人の人間と天秤にかけ、そして結果的に親友を選んでしまったことが腹立たしい。

 自らの人生を懸けて目指してきた物は、たかが1人の人間に釣り合う程度の、小さな物だったのだろうか――と。

 

 いずれにせよリックには、リチャードの殺人鬼という正体を知られてしまっただろう。

 その事実はすぐに、市内中に広がるはずだ。

 だから彼はもう、このチャンダラには居られない。

 最早、理想の実現など、夢のまた夢となってしまった。

 

(だが、まだやれることはある。

 いや、この街にもう居られないからこそ、やっておかねばならないことがある!)

 

 リチャードは市の中心部へと向かっていた。

 「烈風刃」は『ロスト・ウィザード』にも出てきますが、あちらで出てきた他の技も、いずれはこちらでも出てくるかもしれません。

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