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―堕ちても英雄―

 ルーフの身体を操って自らが戦う──そんなファーブの策は、本来の目的以上の効果を発揮した。

 事実、相手が魔術士だと思い込んでいたリチャードは、一瞬呆気に取られる。

 本来、魔術士というものは頭脳労働専門で、肉体を使うことを最も苦手としているはずだ。


 その魔術士が、自ら突っ込んでくる。

 常識的には、考えられない行動だ。


(奇策によって、油断を誘おうとしている?

 それともまさか、格闘戦を挑むつもりだとでも?)


 ――と、ルーフの理解しがたい行動にリチャードは戸惑い、どう対応すべきか逡巡した。

 

(いや……これは自暴自棄になったのか?)

 

 悲鳴を上げながら向かってくるルーフの表情を見ると、その考えの方が正しいようにも思える。

 しかし、彼が置かれた状況は、それほどまでに切迫したものであっただろうか――?

 

「……まあ、いい! 

 どうせ斬り殺すことには変わりない!」

 

 リチャードは剣を振り上げて身構える。

 そしてルーフが剣の間合いに入り、彼が剣を振り下ろそうとしたその瞬間――、

 

「何ぃっ!?」

 

 リチャードの身体は目に見えぬ何かに衝突し、大きく弾き飛ばされた。


 ファーブの試みた攻撃はなんのことはない、ただの体当たりだ。

 ただし、彼が操るルーフの身体の周りには、広範囲に渡って結界が展開されている。

 その目に見えぬ魔力の壁の存在を見切って躱すことは、余程の達人でもなければ不可能に近い。

 

 リチャードは予想だにしなかった攻撃をまともに食らい、転倒した。

 その隙をファーブが見逃すはずもなく、素早く結界を解除して、呪文の詠唱を開始する。

 

「炎の精よ、出でて我が敵を穿(うが)つ矢とならん。

 ――火球撃(ヴィア)!」

 

 高速で唱えられた呪文の完成と共に、ルーフの右(てのひら)から拳大の火球が次々と撃ち出された。

 その数、合計5発。

 最下級の火炎呪文でありながらも、当たりどころが悪ければ人間でも即死する威力がある火球が5発もだ。


 しかしそれくらいでなければ、竜の血に寄生された人間に対しては、有効なダメージにならないだろう。

 だが、リチャードは目を疑うようなスピードで跳ね起き、火球の全てを躱してしまった。

 

「嘘ぉっ!?」

 

 ファーブは驚きの声を上げる。

 彼は呪文の命中を確実なものにする為に、わざわざ「結界による体当たり」という奇策を行い、リチャードの体勢を崩したのだ。

 普通ならば、その崩れた体勢から回避行動をとるのは困難なはずだった。


 しかしその策が全く通用していない。

 つまり、ファーブが予想していた以上に、リチャードの反射神経と運動能力が尋常ではなかっということだ。

 

「こ……こいつ、人間だった頃から、相当な実力を持っていたみたいだな……!」

 

 そんなファーブの驚きを余所(よそ)に、リチャードは素早く間合いを詰めてくる。

 

「ふざけた真似をしやがって!」

 

 リチャードは、ルーフ目掛けて剣を突く。

 剣先の一点に力が集中する為に貫通力があり、殺傷能力の高い攻撃だ。


「危なっ!!」


「ひぎぃ!?」


 しかしその突きは、ファーブによって操られたルーフには、かすりもしなかった。

 ただしその回避はギリギリで、しかも攻撃が当たってもいないのに、ルーフは悲鳴を上げて苦悶の表情を浮かべている。


(ああ……こりゃ駄目だ)


 実際にリチャードの攻撃を受けてみてファーブは、当初の結界に頼らず、回避によって攻撃をやり過ごすという作戦の変更を余儀なくされた。

 リチャードの身体能力が予想以上に高い為、いくら高い戦闘力を誇るファーブの操作だとしても、素人で貧弱なルーフの身体では、その回避動作に対応できない危険性が大きかったからだ。


 実際に今し方の回避行動で、ルーフの身体は早くも悲鳴を上げている。

 このまま強引な回避行動を続ければ、最悪の場合は激しい動きによる負荷で、手足の関節が脱臼しかねなかった。

 そうなれば最早戦闘どころではない。


 やむを得ずファーブは、結界の中に引き籠もって、防御に徹する方針へと切り替える。

 そんな改めて形成された結界に、リチャードの刺突攻撃は弾かれた。

 が、彼はそれでは諦めない。


 リチャードはサッと剣を引き、再び同じ場所へと剣を突き入れた。

 当然それも結界に弾かれるが、彼は構わずに3度、4度と攻撃を加え続ける。

 その衝撃で結界は大きく揺さぶられた。

 

「ちょっとぉ、ファーブさん!?

 大丈夫なんですか、これえっ!?」

 

 リチャードのあまりにも激しい連続攻撃に、ルーフが悲鳴を上げる。

 もう、殆ど半ベソ状態だった。

 また、ファーブの声にも焦りの色が濃い。

 

「ヤバイ! 

 このままでは、結界がもたないぞ!」

 

 実のところ今現在のファーブは、自身の魔力を使用せずに魔法を使用している。

 それはルーフの身体を操る術と同時に、他の術を使用することは制御が難しく、どちらか一方――あるいは両方の術の失敗を招きかねないからだ。

 だが今の彼はルーフの身体に精神が半ば乗り移っている状態なので、感覚的には自分自身の物と同じようにその身体を使うことができる。

 そして身体を操るのと同じ要領で、ルーフの中で潜在的に眠っていた魔力にも働きかけて、魔法を使用することもできるのだ。

 

 しかし当然それは、強大にして膨大な魔力を誇るファーブ自身によって作り出された結界から比べたら、紙のように貧弱な強度しかない。

 それでも本来ならば、竜の血に寄生された人間の攻撃程度で、簡単に打ち破れるようなものではないはずだった。

 だがこのままでは、結界が打ち破られるのも時間の問題だった。

 

(こ……この強さは、相当強力な邪竜の血に寄生されているな……! 

 ここは一旦ルーフの操作を解いて、結界を張り直すか?)

 

 ファーブはルーフの操作をやめて、結界を張り直すべきかどうか逡巡する。

 術を解除をすれば、一瞬とはいえ防御に大きな隙が生じる。

 だがこのままではどのみち、リチャードの攻撃はいずれ通るだろう。


 ならばここは、タイミングを見計らって、術の切り替えを敢行するしかない。

 しかしファーブがそう決断したその瞬間──、


 リチャードの剣は、結界を突き破った。

 今回はいつもよりも地味に多く改稿しています。

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