―遠隔操作少年―
リチャードの理想は歪み、彼は既に英雄とは言いがたい心の闇を抱えていた。
だが、その実力は未だ英雄の名に恥じないものであり、むしろ以前よりも強大なものになっている。
「それにしてもあいつ、来るとしたら半ば正気を失った状態で襲いかかって来ると思っていたが、どういう訳か竜の血を完全に制御できているみたいだな……。
ザンがこの前戦った時とは、全然違う……。
ああなってしまうと、ちょっと手強いぞ……」
「えっ? そうなんですか?」
ファーブの言葉に、ルーフは軽く動揺した。
自身の絶対的な優位性が、揺らぎ始めたからだ。
竜であるファーブにとっても手強いとなれば、ただの人間でしかない彼には、絶対に勝ち目が無い相手ということになる。
そして彼を守っているファーブがちょっとでもミスを犯せば、万が一の事態もあり得る。
つまり今のルーフは、死が割と身近にある状態であると言えた。
「たぶん人間としての意識を失っている時とは違って、色んな技を使ってくるだろうな。
人間の剣術や魔術も、結構馬鹿にできないものがあるぞ。
ましてや相手は最下位とはいえ、竜を倒したほどの実力を持っているかもしれない上に、竜の血で人ならざる力を得ている……」
と、ファーブはその危険性を解説する……というよりは、自身の為に改めて確認して、これからの対応を考えているようでもある。
しかしその時──、
「さっきから何をブツブツと、独り言を言ってやがる!」
「うわっ!」」
未だにファーブの存在には気付いていないリチャードは、ルーフ目掛けて斬りかかる。
しかしその斬撃は何者にも届かない。
ファーブが張った結界によって、あえなく弾かれていた。
「クッ! 魔術士って話は本当だったのかっ?」
まさか竜の目玉が同行しているとは夢にも思っていないリチャードは、ルーフのことを魔術士だと思い込んでしまったようだ。
その声音にはわずかな焦りの色がある。
彼にとっても、魔術師による魔法攻撃は脅威であるという認識なのだろう。
しかしだからこそ、リチャードは手を抜けなかった。
「なるほど……。
どうやら全力でいかないとならないらしいな……。
リックが目覚める前に、さっさと死んでもらうか!」
「ひ……!」
リチャードから殺意のこもった視線を向けられて、ルーフは震え上がった。
竜に比べたら殺人鬼なんて大したことはない──そう思っていた彼であったが、こうして実物を目の前にすると、今更ながらに恐怖感が湧いてきた。
よくよく考えてみれば、ルーフを殺意の標的にしたことが無い竜よりも、ハッキリと彼へ殺意を向けているリチャードの方が、確実に危険な存在なのだ。
これでファーブに守られていなければ、とっくに逃げの態勢に入っていてもおかしくない状況だろう。
「ど……どうしましょうか、ファーブさん?」
「……そうだな。
このまま結界を張りっぱなしで、ボーっとつっ立っているのが、1番楽で安全なんだがな……」
「それじゃあ何の解決にならないし、あの人自棄になってリックさんを襲うとか、何かとんでもない真似をしますよ?」
「……だよな。
それじゃあルーフ、身体を貸してくれ」
「…………え?」
ルーフがファーブの言葉の意味を理解する前に、彼の身体はリチャード目掛けて突進していた。
「えっ?
ええ~っ!?」
訳も分からずにルーフは悲鳴を上げた。
それに反してファーブは、実に楽しげな調子で説明する。
「悪いな、俺がお前を直接操った方が、何かと都合が良くてさ……」
そう、ファーブは高等な魔術によって、ルーフの肉体操作の主導権を支配したのだ。
しかしこうでもしなければ、リチャードと戦うことは危険すぎた。
それは攻撃の瞬間には、必ず防御がガラ空きになるという、結界の欠点が存在する為だ。
こちらから攻撃する場合、結界を解除しなければその結界に阻まれて、どうしても相手に攻撃が届かないのだから仕方がない。
勿論、結界の任意の場所に穴を開けて攻撃するということも不可能ではないが、技術的にはやや高度な為、いちいち穴を形成するのは面倒臭い。
それならば結界の全体を解除してから攻撃し、そして改めて結界形成した方が早いし簡単だ。
いずれにしても、その結界の穴や解除した瞬間を狙われた場合、ルーフは先ほどの奇跡的な勘をもって攻撃を避けなければ、確実に命を落とすことになるだろう。
そう何度も奇跡はアテにはできなかった。
結局、ルーフの安全を維持しつつ、リチャードへ攻撃を加えるつもりならば、結界の存在は考えない方がいい。
では結界に頼らずに、どのようにしてルーフへと襲いかかる攻撃を無効化するのか?
その為にファーブはルーフの身体操作能力を奪い、自らが操って戦うという手段を選択した。
彼はそうすることによって、その驚異的な動体視力で攻撃を見切り、躱すつもりなのだ。
当たらなければどうということはない。




