―同 情―
この3年間で、100人以上の人間が竜への生贄にされていた。
カードがどのような基準で生贄を選んでいるのか、それは定かではないが、老若男女問わずにその対象となっている。
中には生まれたばかりの赤ん坊や、骨と皮ばかりに痩せ衰えて老衰死間近の老人が選ばれることさえあった。
おそらくカードという唯一の例外を除けば、コーネリアの住人には早いか遅いかの違いはあれど、いつか必ず生贄の順番がまわってくることになっていたのだろう。
それを住人達に自覚させて恐怖を与える為に、あえて規則性の無い人選を行っていた節すらあった。
そしてついに半年前、ルーフは生贄に選ばれてしまったのだという。
彼の14年という短い人生は、そこで終わるはずだった。
だが、ルーフの父はそれを受け入れず、自らが「身代わりになる」と、カードに頼み込んだのだという。
ルーフの父のあまりにも必死な訴えを受けて、カードはその願いを聞き入れた。
が、それは決して情に動かされての行いではなかった。
その時カードは、
「自らの身代わりとなった父が、竜に喰われる姿を目の当たりにする子供か――。
その表情を見物するのも、また一興ではあるな……」
と、薄笑いを浮かべつつ言い放ったという。
生贄の祭壇へと進むルーフの父は、死を恐れるような様子を見せず、ただ独り遺していかなければならない息子の身を案じているようであった。
それでも最後にはルーフへ向けて、希望を託すかのように微笑んだという。
その父の微笑みは、ルーフにとって一生忘れられないものとなった。
その直後に見た、悪夢のように残酷な光景と共に……。
―──―ドンッ!
突然、食堂内に響き渡ったその音に、ルーフはビクリと身を竦ませる。
どうやらそれは、ザンがテーブルに拳を叩きつけたことによって生じた音であるようだった。
彼女は固く握りしめた右手の拳を、胸の前で微かに震わせていた。
そんなザンの拳が叩きつけられた分厚いテーブルの表面には、信じがたいことに拳の形がクッキリと刻まれており、そこを中心にして窪むように歪んでいた。
また、入った亀裂も1つや2つではない。
もうこのテーブルに物を水平に置くことは、永遠にできないだろう。
というか、もう薪にするくらいの使い道しか、このテーブルには残されていないのかもしれない。
事実上の廃棄処分である。
しかし、決して太くもないザンの腕の何処に、テーブルをここまで破壊してしまうほどの腕力が秘められていたのであろうか。
ルーフは思わず目を丸くした。
一方ザンは、テーブルの一点を見つめ、怒りの表情を露わにしていた。
その表情は「激しい怒り」と呼べるほど歪んではいなかったが、揺らぎ無くテーブルの一点を凝視する彼女のその目の奥には、静かな──だがそれ故に深い怒りの念が渦巻いているようでもあった。
それはある種の狂気にも見えた。
「あ、あの……」
ルーフはザンのあまりの剣幕ぶりに、自分が今まで泣いていたことも忘れて彼女に声をかけた。
するとザンはハッとした表情となって、「あ……」と、小さく声をあげる。
どうやら、ルーフの存在を完全に忘れていたようだ。
「……あ、ああ、ごめん、ごめん。
あんたの話を聞いていたら、凄く頭に来ちゃってさ……」
ザンはそう言って、照れ隠しのように小さく笑う。
しかし彼女が先ほどのぞかせた表情は、とてもルーフへの同情心だけからくるものには決して見えなかった。
それは怒りを通り越して、憎悪のようなものが感じ取れたのだ。
「そっかぁ、あんたも……結構辛い目にあってるんだな……」
しみじみとそう呟いたザンの目には、僅かに悲しみの色が垣間見えた。
そんなザンの様子にルーフは、
(この人も僕と同じ境遇なのかも……)
と、直感的に感じる。
そう思うとこの得体の知れない人物にも、不思議と親近感がわいてきた。
しかし――、
「あの……とりあえず、テーブルは弁償してくださいね……?」
いくらザンに共感したとしても、それだけは譲ることができなかった。
それを言わずにはいられない自分の貧乏ぶりが、ちょっと恨めしいとルーフは思った。
ルーフの父の名前は「ジグ」と言います。母は「ブリーイッド」。ルーフのフルネームである「ルーフ・ジグ・ブリーイッド」というのは、そのまま単純に「ジグとブリーイッドの子ルーフ」という意味です。人口の少ない田舎だとこれで身元がハッキリするので主流の名付け方ですが、都会だと家名が用いられる事が多いです。そんな設定。
なお、ザンもルーフと同様の名前の付け方がされていますが、本名が判明するのはもうちょっと先の話です。