―与えられた血の理由―
竜の血に侵された者達は、もう人間として生きることはできない。
勿論、かなり難しい話ではあるが、彼らを人の姿へと戻すだけならば、その方法は皆無ではない。
1度は竜の変身能力で変質した身体だ、再びその能力で、元の姿に戻すことができるのも道理である。
竜の変身能力を習得し、それを操る為の正常な精神状態が必要だという大前提はあるが、決して不可能ではないのだ。
しかしそれも上辺だけの話であり、完全な人間に戻すことはできない。
既に彼らと融合してしまった竜の血を、完全に取り除くことは不可能だからだ。
それに1度壊れてしまった心を癒やすのは、簡単な話ではない。
それはザン自身が、身に沁みて分かっている。
なによりもこんな姿に成り果ててしまった彼らを、人間の社会で治療することは、難しい話であった。
たとえ竜族の元で治療を受けたとしても、人間として生活できるほど回復するまでには、数十年以上もの年月が流れているかもしれない。
その時にはもう、彼らの帰る場所も、迎い入れてくれる家族や友人達も、存在していないだろう。
仮に存在していたとしても、おそらく彼らの寿命は、人間のものではなくなっている。
竜と同様に、数百年以上も年老いることを知らず、生きていくことになる。
そんな何年も、何十年も昔と変わらぬ姿で戻ってきた者を、人々は受け入れることができるだろうか?
受け入れられたところで、彼らはその隣人達と同じ時間を生きられるはずもなく、自身を取り残すように老いて死に逝く人々を、何百年も見続けることになるのかもしれないのだ。
それがどれほど辛い現実なのかは、想像に難くはない。
おそらく再び狂う者も多いだろう。
ならばここで、一思いに彼らの命を断ち切ってしまった方が、情けという物なのかもしれない。
しかしできればそんなことをしたくはない、というのがザンの本音であった。
彼女には彼ら個人の詳細を知る由もないが、必ず両親や妻や子――家で帰りを待つ家族が彼らにもいるはずなのだ。
そのことを考えるとザンは、どうしようもなく切ない気持ちになる。
彼女が両親を失って200年もの月日が流れているが、それでも未だに最も愛するのは両親の存在であった。
そんな彼女が、誰かに家族を失うような想いをさせたくない──そう考えるのは、当然のことであろう。
だが、このまま彼らを放置すれば、また誰かが犠牲になり、そしてその家族が悲しむ。
更に彼らは肉体を変化させ続け、長い年月の経過の末に、新たな邪竜へと生まれ変わるかもしれない。
そうなればまた、悲劇は繰り返されるだろう。
結局ザンのとるべき道は、1つしかなかった。
「……出で……」
「ど……ご……だ……?」
ザンが剣を呼び出そうとしたその瞬間、彼女を取り囲んでいた者の1人がたどたどしく、それも酷くかすれた濁り声で言葉を発した。
「ど……ごにいる?」
「何処にいる……?
誰かを捜しているのか?」
ザンは気づく。
これはおそらく、彼らに血を与えた竜の命令だ。
彼らの壊れた心に、その命令がまだ生き続けているのだ。
(誰か……誰かを捜す為に、竜はこいつらに血を与えて支配したのか?)
「ど……ご?
ぶ……りとラ?」
「――――――っ!!」
その名を聞いたザンの精神に、衝撃が奔った。
それは彼女にとって聞き覚えのある──いや、忘れるはずもない名前だった。
「今……ヴリトラと言ったか?」
「ヴ……りトら? どご?」
ザンの発した名に、彼らは明らかな反応を示した。
「やはり……そうなのか……」
ヴリトラは3ヶ月前に、ザンがコーネリアの町で滅ぼしていた。
彼は邪竜四天王にも数えられる――つまりは邪竜達の支配者の1人だ。
邪竜達は音信が完全に途絶えたヴリトラを、必死になって捜し出そうとしたのだろう。
そして情報を集める為に、人間に目をつけた者がいたのかもしれない。
人間の都市には、様々な情報が飛び交うからだ。
その結果、運悪くザンの目の前にいる者達が邪竜に捕らえらた末に血を与えられ、分身に仕立て上げられたのだろう。
しかも彼らは、精神を崩壊させてしまった所為で使い物にならなくなり、結局こんな樹海の奥に放置されているらしい。
そして唯一、情報収集に使えそうな者――おそらくリチャードが、チャンダラ市に潜伏している。
これが今回の事件の全容なのだろうと、ザンは考える。
ただし、相変わらず彼らに血を与えた存在の行方は、杳として知れなかったが……。
 




