表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/430

―竜の血に侵されし者達―

 ルーフ達が何の所為かも得られなかった囮捜査を中断し、次の夜に備えて惰眠を貪っている頃、ザンはドナウ山脈の麓に広がる広大な樹海の中にいた。

 彼女が上空から山脈中を探った結果、竜の気配が最も強かったのが、この樹海の近辺である。

 しかし気配が強いとは言っても、それは残り香が程度のものだった。

 

(もうこの山脈に、竜はいないのか……?)

 

 残っている竜の気配があまりにも微々たるものであることから、既に竜は別の土地へと移動してしまっているのではないか──と、ザンは判断せざるを得なかった。

 あるいはもう、竜が死亡しているか──だ。


(しかし竜が自然死するとは考えられないし、ただの人間(リチャード)に倒されたとも思えんが……)


 なにやら腑に落ちない状況だと、ザンは感じる。

 どうやら彼女が想定していた事態とは、違う何かが動いているようだ。

 

 しかもザンは先ほど、喰い荒らされた人間の遺体らしきものを発見していた。

 遺体はほぼ白骨化していたが、わずかながらも骨に肉がこびりついているのが確認できた。

 秋も終わりという季節柄、遺体を(あさ)るような獣や昆虫等が少ないにしても、この辺りには季節に関係なく遺体を漁る魔物が闊歩しており、数日も経過すれば肉などは残らないはずだ。


 いや、下手をすれば骨すらも残らない。

 つまりその遺体はまだ新しく、食い尽くされる前だったとという訳だ。

 おそらくは竜の死骸の噂を聞きつけて、山脈に入った者の成れの果てか……。

 

(少なくとも、ここら辺に人を襲うような奴がいたのは確かだな……)

 

 おそらくそれは、リックの話の中に出てきた者達なのだろう、とザンは思う。

 その考えが正しければ、彼女が危惧した「面倒なこと」は既に現実の物となっているはずだった。

 

「チッ、来るのが遅すぎたか……ん?」

 

 ザンは悔しげに地面を蹴ったその瞬間、ふと何者かの気配に気づき、彼女は表情を引き締めた。

 鬱蒼と生い茂る樹木に阻まれてまだその姿は確認できないが、こんな樹海の中には本来存在しないはずの、人間に近い気配だ。

 

(包囲されたか……。

 数は、6人……いや、7人だな。

 それにこの気配……奴等か……)

 

 包囲の輪は徐々に狭まり、やがてその者達の姿が木々の間から現れる。

 それはザンの知っている者達だった。

 しかしそれは、個人を見知っているという意味ではない。

 その者達がどのような境遇に置かれた存在なのか、それを知っているという意味でだ。

 

 それは、竜の血に(おか)されし者達――。

 

「……駄目だ、もう救いようが無い!」

 

 ザンは吐き捨てるように呻く。

 今、彼女の前に現れたのは、竜の血に寄生された人間達だ。

 しかしその姿は、人間のものとは大きくかけ離れていた。

 

 彼らの身長は、2mを大きく越えている。

 その巨体は異様に発達した筋肉で覆われており、手足は一般的な女性の胴回りほどの太さがあった。

 更にその腕は、ある種の類人猿のように長く伸びており、その先には鋭いかぎ爪が生えた指が確認できる。


 歪なバランスの肉体である。

 故に彼らの姿は、人型ではあるが、最早人間ではなかった。

 いや、それどころか、あらゆる生物に類似しない、異様な特徴を持ち合わせている。

 

 それは皮膚の随所に鱗や角のような突起物が、何の法則性もなくデタラメに浮き出ていることだ。

 おそらく竜の血によって暴走した細胞が新陳代謝を狂わせ、その異形を生み出しているのだろう。

 つまり、腫瘍のような物だと言える。


 そんな異形の彼らは、欠片も理性を宿していない目に紅い光を灯しながら、ザンへと剣呑な視線を送っていた。

 彼女のことを獲物だと認識しているのかもしれない。

 

 通常、竜の血に寄生された人間は、これほどまでに大きな肉体的変化を起こさない。

 だが、一度(ひとたび)人間としての在り方を忘れてしまった場合、その者の肉体は急激な変化を起こすことがあった。

 一部の竜が持つ、自らの心の思うままに姿を変えるという能力が、竜の血に侵されし者達にも作用するのだ。

 

 おそらく今ザンの目の前にいる者達は、自らが人間以外の生物となってしまった現実に――あるいは竜の血によってもたらされた狂気の衝動によって、かつての同族であった者を殺し、喰らってしまったという事実に耐えきれず、精神が崩壊してしまったのだろう。

 そして後に残った狂気と竜の本能に見合うように、より強靱で、より獲物を捕らえるのに適した姿へと、その肉体を変化させたのだ。


 今の彼らは、本能に忠実な獣と大差ない。 

 最早こうなってしまっては、ザンにも彼らを救う(すべ)が無かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ