―封 印―
邪竜への復讐心を持つザンには悪いが、カンヘルにはこのままファーブニルに死なれては困る理由があった。
だから彼は、ファーブニルにとどめを刺そうとしていた彼女を制止する。
「もういいのだ。
ファーブニルは、その命を絶たなければならないほど邪悪な存在ではない。
実際、こやつが無益な殺生をしたことは、これまでに1度も無いのだからな」
「…………何?
だけど、こいつは邪竜の仲間だぞ……」
ザンは、訳が分からないというように、首を傾げた。
「それにも理由がある。
そうだろう、ファーブニル?」
「……ふん」
カンヘルに促されて、ファーブニルは暫し黙っていたが、やがて渋々と口を開く。
真実を語れば、言い訳になると思ったのかもしれないが、このままではザンが納得しないのも事実だ。
だから仕方が無く、彼は語る。
「……俺が邪竜共の仲間になっているのはな、奴等と戦っても少しも面白くないからだよ。
俺は殺し合いがしたいんじゃなくて、戦いを楽しみたいんだ。
だけど奴等には、思わずぶっ殺してしまいたくなるような外道が多すぎる。
戦い始めれば必ず殺し合いになるから、なるべく戦わないようにしている。
その為には、仲間のフリをしている方が都合がいいのさ」
そのようにしてファーブニルは、竜族や斬竜剣士の猛者と戦うことを楽しみ、そして勝利しても決して相手の命を奪わない。
そんなことを繰り返してきたのだという。
無論、彼が邪竜に敵対しなかったことで、引き起こされた惨劇もあるだろうが、彼によって抑えられた邪竜の暴走も少なくはなかった。
「そもそも、もしもファーブニルが殺す気で戦っていたら、お前は今、生きてはいなかったかもしれぬのだぞ?」
「私は手加減されていたと言うのか……?」
「別に手加減したつもりは無いけどな。
ただ、お前が死んでしまう可能性のある攻撃を使わなかっただけで、それ以外は全力だ。
殺すのは勝ったと言わないからな」
「やっぱり手加減しているじゃないか!」
無表情ではあるが、ザンの声には微かに怒りがこもっていた。
戦士として敵からかけられる情けは、屈辱以外の何物でもない。
それは自身の実力が、相手より劣っていると言われたようなものだからだ。
実際に実戦においては、ある程度の実力差が無ければ、敵に手加減をする余裕などあるはずがない。
そんな現実を突きつけられた上に、自身の理解が及ばないファーブニルの行動に、ザンは戸惑う。
それが彼女の心に多少なりとも変化を与え、感情をわずかながらも蘇らせようとしているのかもしれない。
「なあ、ザンよ。
戦わなければならない相手を、見極める目を養え。
邪竜だからといっても、必ず殺す必要は無い。
逆に竜族や人間達の中にこそ、お前が戦わなければならない者がいるかもしれないぞ。
そして……お前自身の中にもだ」
「…………………………」
ザンは押し黙る。
彼女がカンヘルの言葉をどう受け止めたのかは分からないが、反論しないところを見ると、少なからず思うところはあったのだろう。
「ただ闇雲に憎しみに駆られて命を奪っていっては、それこそお前の憎む者達と大して変わらない所行だ……。
どうかそのことを理解してくれ」
「…………それじゃあ、こいつはどうするんだ?
このまま逃がしてしまうのは、納得いかない……」
こころなしか憮然とした表情で、ザンは剣を下ろした。
「ああ、ファーブニルには一応、邪竜に加担したという罪もあるからな。
これからそのままの姿で、色々と働いてもらおうと思う」
そう言ってカンヘルは、「パン」と、拍手をするかのように両の掌を合わせた。
すると次の瞬間、ファーブニルの目玉は、一瞬だけ光に包まれる。
「なっ?
今、一体何をしたっ!?」
ファーブニルは狼狽した声を上げる。
まあ、明らかに何らかの魔法をかけられたのだから、無理も無いが。
「言っただろう。
そのままの姿で色々働いてもらう……と。
封印をかけたのさ。
その封印が解除されなければ、お前の身体はそれ以上再生することができない」
「ふ、ふざけんな!
罰ならば、身体を2回も破壊されれば十分だろうが!
俺は元の完全な姿に戻る為に、また数十年も時間をかけなければならないんだぞ!?」
ファーブニルは怒り、ザンの足の下でモガモガと暴れ回った。
しかし、さすがに目玉だけだと迫力の欠片も無く、むしろユーモラスである。
「……うるさい。
殺されなかっただけも、ありがたいと思え……」
グリリッと、ザンはファーブニルを踏む足に力を加える。
「あだだだだだっ!
強く踏むなーっ!
潰れるだろうが――っ!
死ななくても、痛い物は痛いんだぞっ!?」
目玉が絶叫を上げるという、滅多には見られない光景であった。
だが、あえて見たいと思う者も少なかろう。
事実、ザンもなんだかつまらなさそうだった。
「こらこら、ザンよ、あまり乱暴に扱うな。
なにせ、これからお前と旅を共にする相手なのだからな」
「な……?」
「「何ぃ?」」
思わぬカンヘルの言葉に、ザンとファーブは、同時に聞き返した。




