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―不死竜と心忘れし女剣士―

 今から180年ほど前――「邪竜大戦」と呼ばれる竜達の戦争が終わってから、20年ほどの年月が過ぎた頃。

 1匹の竜が長い眠りから目覚めた。

 

 彼は「竜」と呼ばれる種の中でも特殊な存在であり、その肉体は「不死竜」と呼ばれるほどの強い生命力を誇っていた。

 事実、一旦は完全と言えるほどに破壊し尽くされたその肉体も、今は以前と変わらぬ姿へと修復されている。

 

 通常、竜は多少の傷ならば、瞬時に回復してしまうほどの再生能力を有している。

 しかし、その再生能力には、当然のことながら限界があった。

 

 再生とは、傷口に身体の他の部分から細胞などの材料を集めて修復する──あるいは細胞分裂などの生命活動を異常なレベルにまでに促進させて傷を癒やす能力である。

 前者には細胞などの材料に限りがあり、後者には莫大な生命力――つまりは魂など生物の根幹を成す力を消費する。


 どちらも肉体に負担をかけ、乱用すれば逆に生命を維持できなくなる恐れがあった。

 それが故に、再生能力の弱い竜は指の1~2本ならばともかく、腕を丸ごと1本――血、肉、皮膚、そして骨にいたるまでの全てとなると、短期間では再生できない者も多い。

 

 だが、彼にはそのような再生能力の限界が無かった。

 いや、実際には限界はあったのだろうが、他の竜から見れば無いに等しかった。

 おそらく竜族の支配者である竜王ペンドラゴンでさえも、彼の持つ再生能力には及ばないだろう。

 

 そんな彼が誇る不死身の肉体も、邪竜大戦の中期に邪悪なる竜を狩る戦士の一族である「斬竜剣士」の長、斬竜王ベーオルフによって破壊されていた。

 幸い完全な破壊を免れた一片の肉片から再生を果たすことができた彼ではあったが、生命力の殆どを使い果たし、長い休眠期間を取らなければならなくなった。


 それから20数年間、とある渓谷の洞窟の中で大地の精気を吸収しつつ眠り続け、今ようやく目覚めた彼の名は、ファーブニルという。

 そんな目覚めたばかりの彼のもとへと訪れたのは、2人の人物だった。


 1人は赤い刀身の剣を(たずさ)えた、銀髪のまだ幼さの残る若い女だ。

 そしてもう1人は、明らかに人間とは違う――ローブを纏ったその全身像は人間に近いが、頭部は竜のそれを持つ竜人(ドラゴンマン)と呼ばれている種族であった。

 

「なんだ……結構小さい奴だな……。

 10mくらいしかないぞ。

 これが私の相手か?」

 

「見かけは強さに繋がらんよ。

 お前が良い例だ。

 不死竜ファーブニル──邪竜四天王にも匹敵する強さを持つと言われているが、休眠期間を終えたばかりだから、全力を出して戦うことはできないだろう。

 修行を終えた直後の対戦相手としては、丁度良いと思わんかね? リザンよ」

 

「…………リザンはよしてくれ。

 その名前は捨てたんだ。

 今の私の名はザンだ」

 

 リザンと呼びかけられた女は、感情のこもらない声と表情でそう答えた。

 彼女の名はリザン。

 しかしその名前は、最も大切な者を犠牲にしなければならなかった無力な過去の自分と共に捨てていた。

 

 今の彼女は、戦士の名に相応しいように、男っぽく「ザン」と名乗っている。

 元の名前とは殆ど変わらないが、東方の言葉で「斬る」という意味があるらしいこの名前を、彼女は自身にピッタリだと思っていた。


「……全く、可愛げが無くなったなあ。

 昔のお前はあんなに可愛かったのに……」

 

 このカンヘルという名の竜人とザンは、20年ほど前は同じ里で生活を共にしていた仲だ。

 当時のザンはまだほんの小さな子供だったが、他種族の血が混ざっている為に一族の者から不遇な扱いを受けていた。

 彼はそんなザンとその母親に対して、友好的とは言えないまでも、普通に接していた数少ない人物の1人である。

 

 あの頃のリザンと呼ばれていた少女は、笑顔の愛くるしい感情豊かな子供だった。

 しかし、彼女以外の一族全てが滅びたあの悲劇の日から、彼女は感情を他人へと伝えられなくなっていた。

 心を蝕む深い悲しみや、身を焦がす邪竜達への強い憎しみ――それらを彼女は理解しているのかもしれないが、表情として、涙として表すことができなくなっている。

 おそらく心の何処かが、壊れてしまっているのだろう。

 

 それはザンが戦士としての修行に打ち込んでいた十数年あまりの時間の経過でも、全く癒やすことができなかった。

 修行から戻ってきた彼女と再会を果たしたカンヘルは、その事実を知って彼女の受けた心の傷がいかに深いものだったのかを思い知る。

 だから彼女には邪竜達との戦いよりも、もっと別の道を歩ませた方が良いのではないかと、彼には思えた。

 

 だが、ザンは戦い以外の何も望まなかった。

 いや、望みはあったのであろうが、それはもう二度と戻って来ない。

 失われた命を元に戻すことは、たとえ神の如き竜王の力でも不可能なのだ。

 それならば、いずれ彼女が失った物の隙間を埋める何かを手に入るまで、今は好きな道を歩ませるしかないのかもしれない。

 

 そこでカンヘルは、戦いの道を歩むザンの最初の相手に、このファーブニルが相応しいと考えた。

 この戦いと彼との関わりの中で、彼女は何かに気づくことができるのかもしれない、と――。

 

『……事情がよく飲み込めないんだが……。

 ひょっとして、その娘は俺と戦おうとでも言うのか?』

 

「その通りだ。

 このリザ……いやザンは戦士としての修行を終えたばかりでな。

 ……ファーブニル、お前の噂は色々と聞いてる。

 初の実戦相手には丁度いいだろう?」

 

『なるほどな。

 いきなり危険な連中とは、戦わせたくないって訳か……』

 

 ファーブニルは、カンヘルの意図を理解した。

 確かに自身が相手ならば、ザンの命の危険は殆ど無いだろう──と。

 

『しかし、その娘にこの俺の相手が務まると本気で思っているのか? 

 見たところ、そいつは普通の人間だ。

 いくら休眠期を終えたばかりとはいえ、俺は強いぞ?』

 

「心配するな。

 このザンも、確かに斬竜剣士の血を受け継いでいる……」

 

『あん……? 

 確か奴等は全て黒髪……そいつは銀髪じゃないか。

 いや、でもどこかでその顔を、見たことがあるような気もするな……』

 

「ファーブニル、お前が眠っている間に色々とあったのだよ。

 邪竜王が倒れて大戦が終わり、斬竜剣士達はこの()を残して全て死に絶えた……」

 

『バカなっ、死に絶えただと!? 

 あの斬竜王までもがか!? 

 …………一体どうして……』

 

 カンヘルの言葉に、ファーブニルは驚愕する。

 あれほど強大な力を誇っていた斬竜王の死は、彼にとって有り得ないことだった。

 

「邪竜王と相討ちになったのだよ。

 いや、勝負ではベーオルフが完全に勝っていた。

 だが、邪竜王が残した呪いを防ぐ(すべ)も無くな……」

 

『……チッ、邪竜王の奴め、つまらない真似しやがって……。

 それじゃあ、もうあんなに楽しい戦いができる相手は、いなくなってしまったってことか……』

 

 ファーブニルは寂しげに呻いた。

 かつて自身の支配者であった邪竜王の死は、どうでもいい。

 だが彼が認めた偉大なる戦士の死は、心底残念でならなかった。

 

 ファーブニルにとってベーオルフとの戦いは、自身の持てる力の全てを注ぎ込んでなお、圧倒的な力の差で敗れた。

 それは完敗以外の何物でもなかったが、いっそ清々しい。

 だからこそ彼には、最早あれほど心躍るような充実した戦いができることは、もう二度と無いように思えるのだ。

 カンヘル竜はマヤ神話に登場するとされている天使的な存在ですが、キリスト教を布教しやすくする為に、現地の神話と融合させて創られた存在だという説もありますね。

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