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―囮捜査開始―

 チャンダラ市の街は、夜の闇に覆われていた。

 既に深夜に差し掛かり、家の窓から漏れ出る明かりは、もう殆ど見られない。

 

 しかし今夜は幸いにも、月が雲に隠れていなかった。

 故に少女の姿をしたルーフは、月明かりに照らされた夜道を、さほど苦労せずに進んで行く。

 ただ、慣れないスカートの所為で、時折躓きそうになってはいたが。

 

 そんなルーフの後ろからは、こっそりとリックが付いてきているはずだ。

 それ以外の人影は、周囲には全く無かった。

 治安悪化によって荒廃したこんな場所に、あえて近づこうとかる者が少ないからだろう。

 だからこんな場所に、女の子(のような男の子)が独りで歩いているのを他者が見れば、それは奇異に映ったに違いない。


 それはたとえ娼婦であったとしても、──いや、娼婦だからこそ、こんな人気(ひとけ)の無い場所には相応しくないと、思う者も多いはずだ。

 だが実際には、このような人気の無い場所に娼婦が立つことも、この街では珍しい光景ではなかった。

 

 娼婦にも客を取る為の縄張りが存在しており、客を取りやすい場所を巡って、女達の間で抗争が起こることもさほど珍しいことではない。

 生活がかかっているだけに、殺し合いに発展する場合すらあった。

 更に娼館を資金源としている犯罪組織(マフィア)が絡んでくれば、最早それは戦争のごとき激しさである。

 

 そんな勢力争いに負けた者は人通りが少なく、客を取れるアテが殆ど無いような寂れた場所に追いやられるのが常であった。

 それでも数日に1度程度でも客を得ることができれば、それだけで家族を何日かは養っていけるだけの収入が期待できる。

 結局彼女達は、生活が為に娼婦を辞めることもできず、仕方が無くその場所に立ざるを得ないのだ。

 

 今回の連続殺人事件では、そんな「たまたま、人通りが少なくて、狙いやすい場所にいた」娼婦達が数多く犠牲になっていた。

 彼女達を襲った悲劇は「運が悪かった」と、一言で現実を言ってしまえばそうなのかもしれないが、何とも理不尽でやりきれない話だった。

 

 ルーフは暫く歩くと、既に明かりの消えた街灯(ちなみに魔力によって発光する)を見つけ、その下で犯人を待つことにした。

 見晴らしが良いので、いきなり死角から襲われる危険性は少ないだろう。

 そして正面の建物の影からはリックがひょいと顔を出し、軽く手を振ってから再び姿を隠す。

 とりあえず、お互いの位置は確認できた。

 

(ふぁ~、眠いなあ……)

 

 ルーフはムニャムニャとあくびを噛み殺す。

 夜中の捜査活動であるが故に、十分な昼寝の時間を取ってはいたものの、普段ならばとっくに就寝している時間帯なので、やはり眠気を感じる。

 どうやらいつ命を狙われるのか分からない状況に置かれながらも、彼ははあまり緊張感を持ってはいないらしい。


 まあ、確かに彼にとっては、殺人犯はそれほど怖い相手ではないのかもしれない。

 コーネリアで見た竜のほうが、何千倍も恐ろしい存在なのだから。

 

「来ますかね……犯人は?」

 

 ルーフは縮まって肩にとまっているファーブへと、リックには悟られないように小声で囁いた。

 

「……どうだろうな? 

 短絡的に、いきなり動くとも思えんがな……。

 真っ当な人間の心があるのなら、親友を狙うなんてことは、すぐに決断できないと思うぞ。

 たぶん来るのなら、正気を無くした暴走状態で来るだろうな……。

 それにザンから受けた傷を、完全に回復させてから……ということも考えられる」

 

「で、でも、油断大敵ですよね」

 

「まあな……」

 

 それから暫くの間、夜の闇に沈み込むかのように、沈黙が続く。

 誰も口を開こうとはせず、ただただ時間ばかりが無為に過ぎていった。

 2人の間に共通した話題が、殆ど無いのだ。


 しかし、さすがに暇を感じたのか、ファーブはルーフへと語りかける。

 

「それにしてもお前、その姿が似合ってるよな」

 

「やめてくださいよ、ファーブさんまで。

 みんなして僕のことを、からかうんだから……」

 

 と、ルーフは嫌がるが、女装が似合っているのは紛れもない事実であった。

 むしろ似合いすぎていて、「それが正常な状態なのではないか?」という、錯覚すら生じる。

 

「クックック……。

 ザンにとっての、良い玩具(オモチャ)って感じだよな、お前は……」

 

「いい迷惑です……」

 

 げんなりとするルーフ。

 

「でも、今のザンは本当に楽しそうだ。

 あんなに楽しそうにしているあいつは、初めて見るよ。

 やっぱり年齢の近い奴が側にいると、はしゃいでしまうのだろうな」

 

 ファーブの言葉に、ルーフは怪訝そうな表情を浮かべる。

 

「え……? 

 でもザンさんって……」

 

「まあ……。

 確かにザンはお前の10倍以上の年月を生きているけどさ、その割には結構子供っぽいって思わないか?」

 

「ええ、そう思える時もありますね……」

 

 ファーブの言葉通り、確かにザンからは、本来ならば年齢を重ねるごとに増すはずの、威厳などが殆ど感じられなかった。

 彼女は我が儘で、いき当たりばったりで、そして気に入らないことがあればすぐ実力行使――つまり暴力に出る(まあ、本人的にはちゃんと手加減をしているようだが)。


 ザンには、そんな思慮深い大人の行動とは言い難い部分が、多々見受けられた。

 まあそれでも、時折聡明で奥深い言動をして、「やはり伊達に年は取っていない」とルーフを感心させることもあるし、今回の事件に対しても、かなり的確な対策を講じているようにも思えるが、それを差し引いても普段のザンの精神年齢は、10代半ばの少女のものから大幅にかけ離れているとは思えない。

 

 ついでに言うならば、甘い物が大好きな反面、苦い物や酸味や辛みが強い物が苦手という、味覚までもが子供じみていたりする。

 ケーキなどの菓子類ならいくらでも食べるのに、ピーマンやニンジンなどの味にクセのある野菜はまず食べないという偏食ぶりだ。

 更にアルコールの類も、全く飲めないらしい。

 

「実際、ザンの精神年齢は、お前と大した変わらないよ。

 精神に受けた傷と邪竜との戦いに明け暮れていた所為で、まともに成長できなかったんだ。

 あいつの本質はまだまだ子供だ。

 今でも精神に強いショックを受けると、人格が子供時代に幼児退行することもあるみたいだしな」

 

「そ……そんなに酷いんですか?」

 

 ザンが精神に大きな傷を持っていることは、ルーフにも分かる。

 しかし、それが精神的な疾患を生じさせるほど酷いものだとは、さすがに思っていなかった。

 

「いや、かなり良くなった方さ。

 俺が初めてあいつと会った時なんか──。

 ……そうだな、ちょっと長くなるが、暇潰しに聞いてくれよ」

 

 ファーブは静かに過去を、語り始めた。

 次回から数話ほど過去編です。

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