―山脈へ―
ちょっと短めですが、本日の2話目です。
そしてブックマーク、ありがとうございます。
とりあえず囮捜査計画についての詳細(主に女装)が決まった。
次はザンの番だ。
「よし、頼んだぞ、ルーフ!
私はドナウ山脈で何が起こっているのか、確かめてくる。
たぶん、3日くらいで帰ってくるから」
そう言うと、ザンはドナウ山脈の探索に必要な荷物――大食漢の彼女らしく、その大半は食料だが――をまとめ始めた。
一言でドナウ山脈と言っても、実際にはかなりの面積がある。
普通の人間ならば、1ヶ月以上の時間をかけても、その全てを探索することは不可能だろう。
しかしザンがその気になれば、飛翔の魔法で空を飛ぶことも可能らしい。
意外にも彼女は、剣術だけではなく多少ならば魔法も扱えるそうだ。
その大半は結界など、戦闘の補助的な物が殆どで、攻撃魔法は使えないようだが、斬竜剣士としては基本的な能力である。
そしてその飛翔魔法を使って、竜の持つ独特の気配などを空から探れば、さほど苦も無く事件の核心を探り当てられるだろう。
「それじゃあリックさん。
ルーフのことを、こき使ってあげてくださいね」
「ああ、任せておけ。
しかし君も気をつけろよ」
一通りの準備を終えたザンは、リックへと出立の挨拶をする。
リックにはリチャードの時と同様に、「自分は竜の研究をしている」と、でまかせを言い、それがドナウ山脈に入る為の理由だということにしておいた。
だが、当初はそれも危険だということで、彼には反対された。
「いや……それはやめた方がいい。
元々あそこには危険な魔物が多いが、最近では妙な連中もうろついているって話だぞ」
――と。
「……妙な連中?」
「ああ……。
竜の死骸を探して山脈に入っている連中が、そいつらに襲われて、逃げ帰ってきたらしい。
なんでも人間の姿をしてはいるが、まるで猛獣のように凶暴な奴等だったとか……。
それが5~6人の集団で襲ってくるらしい……」
そんなリックの話が事実ならば、確かに単身で山に入るのは危険である。
だが、ザンも魔物程度がどうにかできるような実力の持ち主ではない。
彼女もまた、それをリックに見せつけることで納得させた。
具体的には、石を握り潰すという形で──である。
さすがにリックには少し怖がられたが、今のザンはルーフという理解者が側にいるので、さほど気にすることはなかった。
「それじゃあ、後のことはよろしくお願いします」
そう言い残してザンは、リックの家を後にした。
そして彼女は徒歩でチャンダラ市の正門まで進み、門を抜けて人の目が無くなった辺りで、
「飛翔」
と、短く呪文を唱えて空に舞い上がる。
この飛翔魔法を使えば、徒歩では丸半日以上かかるドナウ山脈の麓までの道程を、わずか30分足らずで飛び越えることができるだろう。
その間、ザンはリックに聞かされた「妙な連中」の話について考えていた。
(どういうことだ?
リチャード以外にも竜の血に寄生された者がいるのか……?
チッ、面倒なことにならなきゃいいけど……)
そんな危惧を抱くザンの眼前には、頂上付近にうっすらと雪の降りた山々が見え始めていた。
明日の金曜日はお休みします。




