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―生 贄―

「ふ~ん。

 竜を操る魔術士ねえ……」

 

 ザンが漏らしたその言葉には、ルーフの話を怪しむ響きがあった。

 そんな彼女の態度に、ルーフは軽く気色ばむ。

 

「本当ですよ! 

 僕、カードが竜を操ってる所を、この目で見たことがあるんですから」

 

「ああ、別にあんたが嘘を言ってるなんて思ってないよ」


 ザンはそう答えるが、内心ではルーフの話の全てが真実だとは思ってはいなかった。

 勿論、ルーフが意図して嘘を言っている訳ではないことも、彼女には分かっている。

 おそらくルーフが「見た」という事実だけは、揺るぎない。


 が、物事の本質は、また別の所にあるはずだ。

 

(100人単位の人間を一瞬で片付けてしまうほど強力な竜を、人間が操れるものなのかねぇ……?)

 

 そんな内心を表情には出さず、ザンはルーフに問う。

 

「……で、それからどうしたの?」

 

「ええっと……。

 それから(しばら)くしてカードは、この町の支配者の如く振る舞い始めたんです。

 カードは町を救ってくれた……英雄だし、どのみち竜を操る力を持ったあいつに町のみんなは逆らうことができませんでした……。


 でも、それくらいならまだ良かったんです……。

 そのうちにカードは、とんでもないことを要求してきました。

『竜を養う為に餌となる人間を、生贄として定期的に捧げよ』って……」

 

 常軌を逸した話であった。

 町を守る為にその住民を犠牲にしろというのだから、本末転倒もいいところである。

 だが、僅かな犠牲で大多数の住人の絶対的な安全が保障されるのなら、それは仕方が無いことだと考える者もいたかもしれない。


 もっともそれは、いつまでも自身がその犠牲に含まれることが無いという、都合のいい大前提があればこそだが。

 

「勿論、これには殆どの人が反対しました。

 でも強硬に反対した人は、真っ先に竜の生贄にされました……。

 この町から逃げ出そうとした人も同じです。

 

 とにかく、カードの意に反した者は、片っ端から生贄にされたんです。

 たぶんこの3年間で、100人以上の人間が竜の生贄にされたと思います……」

 

 そう語るルーフの肩は、口惜しさからなのか微かに震えていた。

 ザンからはよく見えなかったが、うつむいた彼の瞳は、涙で潤んでいたのかもしれない。

 その声は、涙声に近かったからだ。

 

「……町の雰囲気が死んでるみたいに暗かったのは、その所為だったか。

 変な噂を聞いていたから、もしやと思っていたけど……。

 やっぱりこの町だったんだな……」

 

 ザンは同情した様子で、そんな感想をもらした。

 だが、何か思うことがあるのか、何処か上の空な様子だ。


 そんなザンの姿に、ルーフは不審なものを感じた。

 彼女には興味本位で彼の話を聞いていたというよりも、まるでその話から得た情報を基にして、これからの行動指針を考えているような――そんな印象を受ける。

 

 だからルーフは、忠告の言葉を言わずにはいられなかった。

 

「あなたも変な気を起こさないで、早くこの町から出ていってください。

 もしもカードやその部下の役人に目をつけられたら、いくら町の部外者だって、竜の生贄にされるかもしれないんですよ?」

 

「……ふん。

 私のことよりも、まずは自分達の心配をしたらどうだ? 

 このままではいつか竜に喰らい尽くされるぞ、この町は」

 

 やや(いきどお)った様子のザンの言葉に、ルーフは小さく(うなず)く。

 そしてそのまま項垂(うなだ)れながら発せられた彼の言葉は、むしろ溜め息に近かった。


「……そうかもしれないけど、でも僕達にはどうしたらいいのか分かりません。

 町の周囲をカードの部下が監視しているので、逃げることもできません。

 それにカードに逆らったって、更に犠牲者が増えるだけです……。

 カードが本気になれば、こんな小さな町は数分で消滅させられてしまうんです……」

 

 ルーフの答えを受けて、ザンは更に表情を険しくさせた。

 

 確かにカードに逆らえば、この町の住人が皆殺しにされるという事態が発生する可能性は低くない。

 しかし逆らわなかったところで、結果は何も変わらないだろう。

 瞬間的な滅びか、緩やかな滅びかの違いでしかないのだ。


 そんな未来の無い状況が続くことが、町の住人にとって何の利益にもならないことは、誰が指摘するまでもない事実だ。

 それでも大人達はまだいい。

 彼らには平和な時間を生きた記憶があるのだから。


 しかし幼い子供達は、将来を夢見ることも、幸福に囲まれて成長することもできないのだ。

 平和がどんなものなのかさえ、知らない子もいるはずだ。


 それがザンには許せなかった。

 苦しむ子供の姿は、彼女にとって決して他人事ではなかったのだから。

 

「だからと言って、このまま竜の影に脅え続けながら生きていくのか? 

 町の人間達は生きる喜びも忘れて、自分達が何の為に生きているのかさえ分からないような目をしていた……。

 私には、そのカードとかいう奴に媚びてまでして、生きる意味があるとは思えないな。

 

 ダメ元でも、何か行動を起こさなければあんたらは人として死ねない。

 このままじゃ、竜の家畜として終わってしまうぞ」

 

「ええ……そうでしょうね」

 

 ルーフには、ザンの言うこともよく理解できる。

 いや、想いは同じだと言ってもいい。

 だが結局は、この町の悲惨な現状を目の当たりにしたことが無い者だからこそ言える、傍観者目線の言葉なのだとも思う。

 

 事実、カードに逆らっても、現状はきっと良くはならない。

 竜がいる限り、絶対に勝ち目は無い。

 ならば戦ってなんになる? 


 人間として、尊厳のある死は得られるかもしれない。

 しかしそれは、結局犬死にに他ならない。

 

「あなたの言うことも間違ってはいないと思います。

 だけど……少なくとも僕は、お父さんが命を捨ててまでして助けてくれたこの命を、簡単に捨てるような真似はしたくはありません……。

 どうせなら、他の誰かの命を繋ぐ為にこの命を使いたい。

 お父さんがそうやって、僕を助けてくれたみたいに……」

 

「え……?」

 

 ザンはルーフの言葉を受けて、一瞬呆けた表情となったが、すぐにその意味を理解したのか、彼女の表情にはありありと戸惑いと罪悪感の色が浮かんでくる。

 だが、深く項垂れていたルーフには、そんな彼女の表情に気付かなかった。

 

 もし気付いていれば、今まさに溢れ出そうになっている様々な感情を、多少は抑えることができたかもしれないが……。

 いや、どのみち抑えることはできなかったであろう。

 

 ルーフの肩が、ブルブルと激しく震える。

 そして彼は明らかな涙声で言った。

 

「…………半年前、僕は竜の生贄に選ばれたんです……」

 

「―──―!!」

 

 そこから先の話を、ルーフは嗚咽(おえつ)混じりに語った。

 明日の更新はお休みです。

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