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―違和感の無い変装―

「うえっ、うえぇぇ……。

 こ、こんなの酷いや……」

 

 リックの家に戻ったルーフは、えぐえぐと泣きじゃくっていた。

 そんなルーフを見つめながら、リックは困惑気味だ。

 

「……一宿一飯の恩を返したいという気持ちはありがたいが、その子を囮にして犯人を捕らえるってのはなぁ……」

 

 ザンはリックの安全を守る為に、捜査に協力するという形でルーフを同行させることを考えた。

 勿論実質的には、密かについて行くファーブが、2人の安全を守るのだが。


 しかし、いかにファーブが護衛していたとしても、危険は少なからずある。

 が、そんなことが嫌でルーフは泣ないているのではなかった。

 むしろ理不尽に命を奪われる者が続出している事件の解決に、なんらかの役に立つことができるのであれば、喜んで尽力したいとも思っている。

 

 ルーフが嫌なのは、もっと別次元の問題である。

 だが、彼の嘆きをザンは完全に無視した。

 

「心配には及びません。

 実は彼、優秀な魔術士なのです。

 自分の身ぐらい自分で守れますし、それどころか犯人逮捕の為の、貴重な戦力になれるはずです。

 ほら!」

 

 ザンの合図と同時に、ルーフの右手が彼の意志とは関係なく正面に突き出され――、

 

「え?」

 

 ゴウッと、物凄い勢いで、(てのひら)から炎が噴き出した。

 その炎に軽く炙られたリックは、一瞬体を硬直させた後、心底驚いたように、

 

「す、凄いな……。

 確かにこれならば、十分に役立つ……」

 

 と、顔を引き攣らせつつも、納得してくれたようだ。

 そんな彼の髭は、ちょっとだけ焦げていた。

 

 一方、ルーフは手を正面に突き出したままのポーズで、固まっている。

 一体何が起こったのか、全く理解できていない彼であったが、

 

(……俺がお前の体を術で操って、炎を出したんだよ)

 

 何処からかファーブのそんな声が聞こえてきて、ルーフはようやく身体の硬直を解いた。

 

(なんだ……。

 一瞬、手が燃えたのかと思ったよ……)

 

 ホッと胸をなでおろしているルーフに、ザンは、

 

「そういう訳で、リックさんも納得してくれたみたいだから、囮役を頼むぞ、ルーフ!」

 

 と、ニヤついた表情で告げた。

 

「お、囮役は構わないんですけど……。

 何で僕がこんな格好を、しなくちゃならないんですかあっ!?」

 

 そうわめくルーフの姿は、女の子のそれであった。

 長髪のカツラを被り、スカート等の女性用の衣服を身に付けただけで、外見上は完璧に女の子と化している。

 彼はザンが何処からか手に入れてきた服を、無理やり着せられてしまったのだ。

 

 ルーフはその時のことを思うと、情けなくて目から涙が(にじ)んでくる。

 さすがに下着を脱がされるようなことはなかったが、母親以外の女性の前で、あんなに肌を露出させたことは、今までに1度も経験が無かった。


 一方、ザンはちょっとおかしいくらいに興奮した様子で、実に楽しそうにルーフの服を剥ぎ取っていたが、傍目には性犯罪のごとき様相であった。

 

「だって、今までの事件の被害者は、殆ど娼婦とかだって聞いたからさ……。

 その姿の方が狙われやすいかと思って」

 

 確かにザンが言う通り、犯人に襲われた者の多くは娼婦であった。

 しかし実際には男性の被害者もいることから、犯人は特別に娼婦を狙っている訳ではないらしい。

 単純に夜の路上で客を独り待つ彼女達が、狙いやすかったというだけなのだろう。

 

 ならば別にこんな変装をしなくても良いのではないか──と、ルーフには思える。

 大体、犯人が狙うと予測されるのは、囮の彼ではなくリックの方なのだ。


「これって……しょう……、あの……そういう人達の服装なんですか?」

 

 ルーフは「娼婦」という言葉を使うことに抵抗があるようで、ドギマギしながらザンに疑問をぶつける。

 彼にはよく分からなかったが、今の自身の格好は、清楚なお嬢様といった風体であるように思えた。

 

「いんや、私も良く分からないから、あんたに似合いそうなのを、テキトーに選んできただけなんだけど……。

 想像以上にハマっているな」

 

 と、ザンは悪びれもせずに、無責任なことを言う。

 ルーフは思わず絶叫じみた声を上げて抗議する。

 

「無茶苦茶だあぁーっ!! 

 こんなの、単なるザンさんの趣味じゃないですかぁ!?」

 

 そんなルーフの叫びも、ザンは「にゃはは」と、変な笑いを返すだけで取り合おうとはしない。

 そんな彼女に対して、


「誰だこいつ……」


 と、ファーブが呻いている辺り、これもザンが今までに見せたことが無い素顔の一面なのだろう。


(こ、この人は絶対楽しんでいるだけだ……)

 

 ルーフは脱力してガックリと肩を落とした。

 と、その時──、

 

「ん~、でも、初めて客を取る娘みたいな初々しさがあっていいよなあ。

 結構客が集まるかもしれないぞ」

 

「「本気で客を集めてどうする(んですか)……」」

 

 唐突に、それでいてしみじみと、とんでもない発言をしたリックに、ザンとルーフは同時に突っ込みを入れた。

 

(やっぱり、結構年を食ってんじゃねーのか、このセクハラオヤジ?)


 リックの中年臭い発言を受けて、20代後半という年齢予想を、改めようかと思うザンであった。


「……とにかく、こんな格好、僕は嫌ですからね!」

 

「そんなこと言ったって、やっぱりルーフみたいな普通の男の子が、夜道に何をするでもなく独りで立っている方が変だろ? 

 それに男の子の姿だと、その手の趣味のオヤジが確実に言い寄ってくるぞ。

 ……それでもいいのか?」


「……た、確かにそれはかなり嫌ですけど……。

 確実にですか?」

 

「チャンダラくらいの人口の街になると、そういう倒錯的な(やから)も結構多いらしいな」

 

 ザンの言葉を受けて、ルーフは背筋に悪寒を走らせ。

 彼のことを女の子だと勘違いして近寄ってくる人物ならば、男だとバラしてしまえば退散してくれるかもしれない。

 だが、最初っから彼のことを男の子だとと知りながらも言い寄ってくる者には、一体どのように対処すればいいのか分からなかった。

 一歩間違えば、本気で貞操の危機に陥りかねない。


 勿論ルーフも、そういう趣味のことを安易に否定をするつもりはないのだが、昔から女の子扱いされてきた彼は、同性から性的な目で見られるのは、もううんざりなのである。

 

 それに表向きには、腕利きの魔術師だという設定で捜査に協力す手前、いちいちリックに助けを求めることもできない。

 まあ、ファーブが陰ながら見守ってくれから、本気で危なくなった場合は助けてもらえるのだろうけれど、彼だって姿を隠しての同行である以上、あまり派手なことはできないのだ。

 

「他に夜の町にいても違和感の無い連中というと……麻薬の売人でも装ってみるか? 

 そっちは薬物中毒者みたいに、本気でヤバイ奴等らが寄ってくるぞ?

 下手すると犯罪組織にも目を付けられるしな」

 

 しかもザンの出した代案は、更に危険なものだった。

 もしも犯罪組織が顔を突っ込んできたら、最早捜査どころではなく、リックを守る為の計画にも支障をきたしてしまう。

 

「分かりました、分かりましたよっ! 

 女装でも何でも、やればいいんでしょ、もうっ!!」

 

 と、ルーフは観念して、やけくそ気味に叫ぶ。

 

(うう……。

 天国のお父さん、お母さん……。

 今の僕の姿は見なかったことにしてください……)

 

 半泣きになりながらも、覚悟を決めるルーフであった。

 ちなみに、リチャードはリックよりも年上です。どちらが見た目通りの年齢ではないのかについては、永遠の謎にしておきます。

 なお、明日の金曜日は更新出来ないので、夜にもう1回更新する……かもしれません。

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