―傾向と対策―
「ザンさん……。
やっぱり事件の犯人って……」
リチャードの家からの帰り道、これまで無言だったルーフは、思い切ったように口を開いた。
「ああ、たぶん間違いなくあいつだね。
仮に犯人じゃないにしても、事件の真相を知ってはいるだろうな」
「信じられないなあ……。
あんな立派そうな人が……」
「でも、高すぎる理想を持つ者が、道を踏み外すなんて話はよくあることさ。
望みを叶えようにも、理想が高すぎる所為で、独りでは手に負えなくなってしまうんだろうな。
そして結局、権力や財力のある者に媚びてみたり、あるいは神とか悪魔とか、人ならざる力に頼ろうとしてしまう……。
そんな心の隙を、邪竜達につけ込まれるんだろうさ」
「しかし……あいつが犯人だとすると、どうにも納得がいかない点が多いな……」
そんなファーブの疑問の声に、ザンも頷く。
「ああ、確かに今回の事件は、邪竜の意図が全く読めない。
なんだか犯人は竜の血によって、衝動的に殺人を犯したって感じだし……。
邪竜が無目的に人間へと血を与えるとは、ちょっと思えないんだけどなぁ……」
「それにリチャードが実際に在るかどうかは知らんが、竜の死骸の位置を隠そうとしたのも気になる。
事件の犯人が人間を喰っていることから考えても、血の主も人を喰うことを好む奴のはずだ。
ならば竜の死骸の噂をもっと流して、人間を集めたほうが好都合だろうに」
そんなファーブの疑問はもっともな物で、竜は2~3年くらいなら餌を摂らなくても平気なのだが、一度空腹状態になると、大量の餌を必要とする。
おそらくドナウ山脈の街道で行方不明となった者達も、竜に喰われたのだろう。
そして数人の人間を喰った程度では、その空腹は満たされてはいないはずだ。
竜はこれまで食べた量の10倍以上の餌を、更に必要としているに違いない。
しかし、リチャードが竜を倒したとされている時期から、パッタリと竜が原因と思われる行方不明者は出なくなっている。
「となると、何か人に知られてはまずいことでもあるのかな……。
そうでなければ竜を倒したという、リチャードの話が真実味を帯びてくるなぁ……。
人に倒される程度の竜の血が人間に寄生するとは考えにくいけど、全く有り得ない話でもないし……。
どちらにしろ、この目で確かめに行かなくちゃならないだろうな……」
そんなザンの言葉にルーフは、
「えっ? ドナウ山脈に行くんですか。
でも、リチャードさんはどうするんです?
もしもあの人が犯人だとしたら、このまま放っておくのはまずいんじゃないですか?」
と、至極もっともな不安を訴える。
そんなルーフの声に対して、ザンはあっさりとした口調で、しかしその内容は全くあっさりしていない答えを返した。
「あいつのこれからの行動は、大体予測できるよ。
あいつには『お前が犯人だ』と指摘してきたようなものだし、竜の血の支配を克服する方法も教えた。
おそらく、竜の血の支配に対する抵抗を試みて暫くの間は大人しくしているか……。
あるいは真実が他に漏れないよう、口封じの為に私達を消そうとするかだな」
「け、消す!?」
ルーフは顔から血の気が引くのを感じた。
これから殺人鬼に命をつけ狙われるかもしれないのだ、当然の反応である。
「でも、あいつはまずリックとの接触を図ろうとするだろうな。
リチャードには私達の居場所を教えてないから、共通の知人である彼に聞くかもしれない。
あるいは私達に何かを聞いているかもしれないと考えて、リックを……」
「そんな……リックさんの命まで狙うって言うんですか!?」
ルーフは「信じたくはない」といった様子で、声を荒げる。
彼はリックから、リチャードとは親友同士だと聞いている。
自分ならどんなことがあっても、親友の命を犠牲にしようなどとは思わない。
思いたくもない。
しかしザンは無言で頷く。
リチャードが自らの保身の為に、彼女達の口を封じることを選ぶような人間ならば、有り得ないことではないと──。
結局、殆どの人間は、我が身が1番可愛いのだ。
いざとなれば、肉親を裏切ることすらも厭わない者も多い。
だがそれは、親の捨て身の献身によって命を救われた経験のあるザンとルーフにとって、人間の尊厳を踏みにじる最低の行為だった。
ルーフは激しい憤りを感じる。
「そんなのって……ないですよ……!!」
そんなルーフの様子に共感と頼もしさを感じたのか、ザンは小さく微笑む。
「……まあ、リックの身の安全は、ルーフに守ってもらうさ」
「…………え?」
ルーフの目が点になる。
一瞬ザンの言葉の意味が、よく理解できなかった。
暫くして言葉の意味自体は理解できたものの、事態がよく飲みこめていない彼に対して、ザンは念を押すように、
「お前にリックを守ってもらう」
そう言いながら、ルーフの肩にポンと手を置いた。
(ど、どうやって………………?)
ルーフの頭にはそんな言葉しか浮かんでこなかった。




