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―疑惑の英雄―

 ちょっと短めです。

 竜の血の真実を突きつけられて、リチャードの態度は明らかに変わった。

 さすがに本人は隠そうとしているようだが、激しく動揺しているかのような気配が、どうしても(にじ)み出てしまっている。

 ただ、ザンはそんな彼の反応を予想していたのか、その様子を気にするでもなく話を続ける。

 

「……しかも、血の能力を暴走させて、人間の姿を保てなくなる者もいる……。

 そうなってしまうと、人間達からは怪物として討伐対象にされるでしょうね。

 それじゃあ不死身に近い肉体なんてあっても、なんの得も無いでしょう……。


 そんな訳で、竜の血に手を出そうとする者が少数な上に、更に効力がある血を手に入れることができる者は、皆無に近いほど少ない。

 だからこそ数少ない成功例が、伝承として語り継がれるだけの価値を得たのでしょう。

 

 しかし実際には、邪竜と呼ばれる連中が、人間に対して度々(たびたび)自らの血を与えています。

 それは自らの意のままに動いてくれる手駒を作る為なのですが、おそらく自らの血によって肉体的にも精神的にも自身に近づいた人間は、操りやすくて使い勝手も良いのでしょうね。

 謂わば、人の姿をしたもう1人の自分――『分身』という訳です」

 

「コーネリアのカードのことを、この(たぐい)だと勘違いしてザンは油断したんだよ」

 

 と、ファーブは、ルーフにだけに聞こえるような小声で囁いた。

 実際にはカードの正体は竜であったが、過去には似たようなケースで分身が正体のパターンもあったという。

 

「私はね、最近チャンダラ市で起きている殺人事件は、この手の竜の血に精神を蝕まれた人間の仕業だと思っています。

 いや、昨晩に私と剣を交えた者は、まさにそれだった」

 

「け、剣を交えただと……!?」

 

 リチャードはザンの顔を凝視した。

 もしも今のザンの言葉が本当ならば、事件の有力な手掛かりとなるだろう。

 警備隊の一員であるリチャードには、犯人の手がかりについて深く追求する義務があると言える。

 しかし彼はそんな素振りを見せず、ただ何かに脅えるような表情で、ザンの顔に視線を注ぎ続けるだけであった。


「おや、どうかしましたか?

 私の顔に何かついていますか? それとも──」

 

 ザンは一旦言葉を区切った。

 そして、数秒ほど間をおいてから、リチャードの視線を真っ向から睨み返し、口調を普段のくだけたものに戻しつつ問う。

 

「──何か、思い出した(・・・・・)のか?」

 

「………………!! 

 い、いや……なんでもないんだ……」

 

 リチャードは、サッとザンの顔から視線を逸らせた。

 一瞬、彼女の表情が、獲物を追い詰めた肉食獣であるかのように見えたからだ。

 そんな彼に対して彼女は、再び口調を丁寧な物へと戻す。

 

「……先ほどお話ししたように、あなたが倒した竜の血が原因で、精神を蝕まれた人間がいるとは思えない……。

 つまりもう1匹、自らの血を人間に与えた竜が、この近辺に潜んでいる可能性がある。

 それも人の手に負えないような、強大な存在がね。

 リチャードさん、何か心当たりはありますか?」

 

「い……いや……俺には分からない……」

 

 リチャードはザンの顔を直視しようともせず、消え入りそうな声でそれだけを答えた。

 額にはいくつもの冷や汗が浮いている。

 ある意味それは、「何かを知っている」と、自白しているようなものだ。

 

(やはりこいつか……。

 しかし……)

 

 ザンはしばらく思案した後、椅子から腰を浮かせた。

 

「……どうやらリチャードさんは、体調がすぐれないようだ。

 そろそろお(いとま)しましょうか」

 

「そ、そうか、済まないな」

 

 ザンがルーフを連れだって部屋を出ようとすると、リチャードの顔にはわずかに安堵の色が浮かんだ。

 が、部屋を出る寸前にザンは振り返り、

 

「ああ、言い忘れていましたよ。

 竜の血による精神の浸食はね、強い精神力があれば克服できるそうですよ」

 

 それだけ言い残して、ドアの向こうに姿を消した。

 独り室内に残されたリチャードは、苦悶に満ちた表情でこれから何をすればいいのか、それを必死に自問する。

 

(あいつ……全てを知っている。

 どうする……どうしたらいい? 

 あいつの言う通りなら……いや……)

 

 リチャードの目には、狂暴な光が宿り始めていた。

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