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―血に潜む者― 

 ザンは少々わざとらしく、残念そうな顔を作ってうつむく。


「そうですか……。

 そこまで立派な信念を、邪魔する訳にはいきませんね。

 竜の死骸のことは諦めましょう。

 良い研究対象が見つかったと思ったのに……残念です。


 ただ、我々が竜の研究をしているという話は、本当なんですよ。

 その証拠に、竜について面白いことを教えてあげましょうか」

 

「面白いこと……だと?」

 

「ええ、竜の血についてです」

 

「竜の血…………」

 

 ザンはリチャードのわずかに強張った顔を見つめながら、話を続けた。

 

「……竜という存在は、非常に生命力が強い。

 種としては間違いなく、この世界の生物の頂点に立ちます。

 なにせ眼球だけになっても、生き続ける個体がいるくらいですからね」

 

(そ、それって……)

 

 ルーフは自身のマントの陰に隠れているファーブの方へ、チラリと視線を向けた。

 なんだか急に怖くなってきたのだ。

 ただ、当のファーブは、何を思っているのか、じっとしたままだ。

 

「勿論、生命力の強さは竜の種類によっても違うし、固体差もあります。

 しかし多くの竜達は、人間とは比べ者にもならないほどの強大な生命力を有し、また生き残ろうとする本能も強い。

 それは血の一滴に至るまでもが、同じだと言えます。

 

 たとえば竜が傷を負い、体外に血液が流れた出た場合、当然その血液は乾燥する等の理由でいずれは死滅に至ります。

 しかし体外に流れ出た血液でも、死を逃れる方法が1つだけあるのです」

 

「死を逃れる方法……?」

 

 そう繰り返すリチャードの声は、心なしか緊張した響きがあった。

 まるで身に覚えがあるかのようだ。

 だが、彼が緊張するような話は、更に続いていく。


「それは……身近にいた他の生物に、寄生することです。

 勿論、血液自体は全くと言っていいほど動けないので、偶然にでも他の生物に付着しなければ、この方法は成り立ちませんが……。

 しかし運良く他の生物に付着できた竜の血は、皮膚に浸透するなりして、その生物の体内へ潜り込み、その命を長らえます」

 

 その時、誰かが微かに「ゴクリ」と唾を飲みこむ音を発するが、ザンは構わず話を続ける。

 

「だけど竜の血にとって、そこは決して居心地の良い場所ではない。

 まあ、当然でしょう。

 その宿主(しゅくしゅ)の肉体は、元の竜の強靱な物と比べればいつ死んでもおかしくはない、脆弱で儚い生物である場合が多いからです。


 勿論、宿主からの拒絶反応もあるでしょう。

 だからこそ、竜の血は自らの都合の良いように、宿主の肉体を強靱なものへと変質させて、完全な同化を図ろうとするのです。

 このことについての実例が、古い伝承の中にも語られていますね」

 

「それは……竜を倒した英雄が、その倒した竜の血を浴びて不死身の肉体を手に入れたという、あれか?」

 

「まあ実際には、不死身とまではいかなかったみたいですがね」

 

 ザンはこくりと頷いた。

 

(ああ……。

 そんな昔話を聞いたこともあったっけ)

 

 その話はルーフも知っている。

 竜の血で不死身の肉体を得た英雄の物語は、結構有名な話だ。

 確かその物語は、唯一竜の血を浴びなかったが為に不死化しなかった部分を傷つけられて、英雄はあっさりと命を落とす……という結末だったように思う。


 だがそんな話は、親が小さな子供に語って聞かせる、御伽噺(おとぎばなし)のようなものだとルーフは思っていた。

 しかしそれは、どうやら実話に基づいているらしい。

 

「信じられないな……。

 もしその話が本当なら、不死身の肉体を望む者はいくらでもいるだろうから、竜の血の効果を試そうとした者もいるはずだ。

 しかし、実際に不死身になった者がいるなんて話は、他に聞いたことも無いぞ?」

 

「ええ、現実にはそう簡単に不死身の肉体を手に入れることは、できないようですね。

 リチャードさんも知っているとは思いますが、竜は普通の人間にはまず手に負える相手ではなく、血の入手も非常に困難だ。

 しかも、もし竜の血を手に入れることができたとしても、実のところその血には、人間に影響を与えるだけの力が殆ど無いのです」

 

「力が無い?」

 

「そうです。

 竜の血が他の生物に寄生できるのは、強い生命力があったからこそ……。

 人間に負ける程度の弱い生命力では、話にならないのでしょうね。

 それに強力な竜の血には、恐ろしい弊害があります。


 だからおそらく、伝承で不死身になったとされる英雄の死に様も、伝承の通りではなく、実際にはもっと悲惨な物だったはずです。

 そのことを知っていれば、余程の酔狂な人物でもない限り、竜の血で不死身の肉体を得ようとは思わないはずです」

 

 そう語るザンの表情には、鋭い凄みのようなものが帯び始めている。

 どうやら話が核心に近づきつつあるらしい。

 

「具体的にどのような弊害があるのか……と言いますと……。

 竜の血は宿主の肉体を、強靱なものへと変質させます。

 しかしそれと同時に、血の持つ本能が宿主の精神をも浸食し、元の竜の性質に近づいていくことがあります。


 たとえば人を喰らうことを好む竜の血に寄生された人間は、やはり人肉を食したいという強い衝動に駆られる……!」

 

「…………!!」

 

 それを聞いたリチャードの顔は、一気に青ざめた。

 竜の血の設定は、『ニーベルンゲンの歌』のジークフリートから着想を得ています。

 そして、一番最初に第1章を書いた時には、この設定はあまり固まっていませんでした。だから、「分身」については、「魔法で操っている」程度の認識で書いていました。勿論、現在は「竜の血の寄生」という設定に修正していますがね。

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