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―竜の死骸の活用方法―

 リチャードは竜を倒したというが、それを証明する為の材料が乏しいという。

 

「本来なら爪や牙などの証拠になる物を持ち帰れば良かったのだが、竜の肉体ってのは凄く頑丈でな。

 牙や爪を取り外すことだって、かなりの手間暇がかかる。

 あの時は竜に負わされた傷でそんな余裕は無かったし、いつ血の臭いを嗅ぎ付けて他の魔物が集まってくるかも分からなかった。

 だから竜を倒した証明として皮膚を少しだけ剥ぎ取って、すぐに街に戻ってきたんだ。

 

 だが、小さな皮膚だけでは、本当に竜を倒したのか──と、疑う者もいる。

 俺が竜を倒したって証拠が弱い以上、あまり噂になって先に証拠になる物を持ち帰ろうとする奴が出てこられると困るんだ」

 

「なるほど……。

 竜を倒した者となると、戦士として最高の偉業を達成したも同然だ。

 他にも竜の肉体は、貴重な薬の材料や魔法の触媒にもなるから、高額で売れる。

 それを狙う者も、当然多いと言う訳ですか」

 

 そんなザンの言葉――実は殆どがファーブからの受け売りの知識だったりするのだが――に、リチャードは大きく頷く。

 つまり彼は、手柄を横取りされることを危惧しているのだ。

 

「実際、警備隊が事件の終息宣言した際も、竜の情報ついては最低限しか発表されていないはずだが、それでもドナウ山脈で竜の死骸を求める者が多く集まっていると聞く……」

 

「そうか、宿屋が全部満室になっていたのは、その手の連中が集まってきているからなんだ」

 

 その所為でさんざん宿を求めて彷徨い歩くはめになったルーフは、ムッとした表情を作った。

 

「幸い竜の死骸のある場所は、広い山脈の中でも特に人間の侵入しにくい場所にある。

 危険な魔物も多く出現するから、まず他人に発見されることは無いだろうが……。

 

 この傷が治れば証拠となる物を持ち帰り、俺の手柄として発表するつもりだが、それまでは竜の死骸のある場所を誰にも知られる訳にはいかない」

 

「そうですか……。

 私達は竜の研究をする為に、世界を巡り歩いています。

 是非ともその竜をこの目で見てみたいと思って、ここに来たのですがね……。

 やはり竜の死骸のある場所については、秘密ですか?」

 

 ザンはもっともらしい嘘を並べて、竜の死骸の在処(ありか)をなんとか聞き出そうとしたが、リチャードは素っ気無く拒否する。

 

「駄目だね。

 いくらリックの紹介があったからって、初対面の人間に秘密を話すほど、俺は迂闊な人間じゃあない」

 

「どうしてもですか?」

 

「どうしてもだ」

 

 リチャードの意思は硬いらしく、取り付く島もなかった。


(おかしいな……? 

 私の考えが当たってるのなら、ここまで竜の所在を秘密にする必要は無いはずなんだけど。

 私の勘違い……? 

 いや、そんなはずは……)

 

 難しい顔をして考え込んでいるザンを見て、リチャードは彼女がまだ諦めていないと勘違いしたのだろう。

 彼女を説得する為に、言葉を続ける。

 

「まだ納得いかないか? 

 だが、竜の死骸のある場所だけは、どうしても教える訳にはいかない。

 この街の貧しい人達を救う為は、『竜殺し(ドラゴンスレイヤー)』の名声を絶対に手に入れなければならないのだから……」

 

「貧しい人達を救う……?」

 

 ルーフは興味を引かれたのか、その言葉を繰り返した。

 

「そうだ……。

 あんた達も、ここの貧民街の様子を見ただろう? 

 多くの者が職にあぶれ、その日その日を食うにも困っている。

 女達が娼婦を、子供達がスリ等の犯罪をしなければ生活が成り立たない者も多く、とにかく酷い有様だ。

 これも全て市の上層部の人間が、私腹を肥やす為に無責任な市政に明け暮れている所為だ」


 リチャードの言葉通り、確かに貧民街の有様は酷いものだった。

 チャンダラ市全体が貧しいのならまだ納得できるが、一部の者達は王侯貴族に引けを取らぬほど富んでいるという極端な貧富の差がある。

 その上、富める者達は貧しい人々へと、一切の救いの手を差し伸べようとはしていないのだ。

 

「俺はそんな苦しんでいる人達を、この手で救ってやりたいんだ。

 俺が竜を倒したと証明できれば、本国の近衛兵団に取り立てて貰えるかもしれない。

 そうなれば市政に口出しすることも可能な、高い地位が手に入る。

 それに竜の死骸を換金して、みんなに分けてあげることもな……」

 

 リチャードの言葉が全て真実ならば、確かに「竜殺しの英雄」に相応しい、称賛すべき(こころざし)だと言えた。

 このような人物こそが、人々の間で何百年も語られる英雄伝説の主役となり得るのだろう。

 

「……なんだか、格好いいですねー」

 

 ルーフは尊敬の念が籠もった視線を、リチャードへと向けた。

 彼もまだ伝承等の物語に夢中になれる年頃だし、男の子である以上は「自分もこんな風になりたい」と、伝説の英雄に憧れたりもする。

 

 そしてザンにもリチャードの理想には嘘が無く、称賛すべきものであるように思えた。

 しかし彼女にとって、昨今の連続殺人事件の犯人として、最も怪しむべき人物はこのリチャードなのだ。

 

(……ちょっとカマをかけてみるか)


 ザンは顔に出さず、内心で不敵に笑った。

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