―見知らぬ天井―
「あれ……?」
外から響いてくる鐘の音に鼓膜を揺らされて、ルーフは目を覚ました。
しかしそこは全く見覚えの無い部屋で、混乱した彼の第一声が、前述のそれである。
そして彼はベッドの上で寝ボケながら、ゆっくりと時間をかけて、昨日あったことを頭の中で反芻した。
「……ああ、そうか。
警備隊の人の家に、泊めてもらったんだっけ」
ルーフは事件の後、野次馬に紛れているところをザンに拾われはしたものの、警備隊の本部で事情聴取を受けた彼女を、2時間近く待たされた。
その後で事件の担当者の家に泊めてもらうことになったのだが、その頃になるともう、疲れの所為で自身がどのようにして床についたのか、全く憶えていない。
だから目が覚めてから、見知らぬ部屋にいたことに驚いてしまった訳だ。
それから、ようやく脳が働き出したルーフが窓を開けて外を見てみると、太陽の位置から既に正午くらいの時間であるらしいことが分かる。
天気は快晴で、秋も終盤に差し掛かったこの季節にしては、日差しが強かった。
(半日以上眠っちゃったんだな……)
窓から吹き込んでくる風を受けながら、ルーフは眠気を覚ますことにした。
遠くには先ほどの鐘の音の出所と思われる、かなり大きな教会が見える。
その教会の壁面には様々な彫刻が刻み込まれており、更にいくつもの高い塔が建てられていた。
貧民街の多いこの街の教会にしては、いやに豪奢な造りだと感じた。
勿論チャンダラ市は、宗教的に特別な謂れのある都市ではない。
それにも関わらず、物理的にも肥え太った教会の姿は、人々の救済等を謳った教義をまともに実践しているようには、とても見えなかった。
勿論、教会を建築するなとは言わないが、過度な装飾や不必要な塔に資金を費やすくらいならば、もっと別な使い道があるだろうに……と、ルーフは思う。
(宗教って、儲かるんだなあ……)
などと、貧しい宿屋の子として育ってきたルーフが苦々しく思っていたその時、「コンコン」とドアをノックする音が聞こえてきた。
「ルーフ、起きてるかー?
昼食の時間だぞー」
ザンの声だ。
(ああ、そうか。
さっきの鐘の音は、正午を知らせる鐘なんだ)
と、悟りつつルーフは返事した。
「ハーイ、起きてますよー」
ルーフのその声を受けて、ザンは「ガチャリ」と勢い良くドアを開け、部屋に入ってくる。
「おはようございます、ザンさん」
「何が『お早う』なもんか。
私なんか、とっくに門番と面通しをして容疑を晴らして来たんだぞ?」
ザンは「私だって、本当はもっと寝ていたかったんだ」と言いたげだ。
もっとも彼女が熟睡している姿なんて、ルーフは一度も見たことは無かったが。
戦士としての性なのか、眠っている時でさえも彼女には隙が無く、何かを警戒しているように見えた。
実際、誰かが一定の距離まで近づいたり、物音を立てたりすると、彼女はすぐに目を覚ました。
それはさておき、殺人事件の容疑者から外れたのは、朗報である。
これで長時間拘束されるようなことは、無くなったはずだ。
「アハハハ……それは良かったですねぇ……」
そう言って苦笑するルーフの顔を見つめながら、ザンは、
「ふーん、大分血色が良くなったな。
十分な食事と睡眠さえ取れば、どんなに疲れていてもすぐに回復するんだから……。
本当におかしな奴だ」
と、ルーフの体質を訝しく思う。
彼は人並みに疲弊したりするのだが、その回復が異常に早い。
それに厳しい旅の中でも、靴擦れや筋肉痛などを起こすということも殆ど無かったらしい。
その事実には、ルーフ自身も驚いていた。
旅に出ることがなければ、一生気が付かなかったかもしれない体質だ。
(ひょっとしたら、私と同じように、何か別の種族の血が混じっているのかもしれないな……)
そう思うとザンは、ルーフとの出会いに不思議な巡り合わせを感じずにはいられなかった。
一方ルーフは、
(竜と戦いでもしない限り、殆ど疲れを見せない人に、おかしいとは言われたくないなあ……)
そう思ったが、後が怖いので口には出さないという、賢明な選択をした。
なかなかのお利口さんである。
「それだけ元気ならもう活動できるな。
昼食を食べたら私は出かけるけど、ルーフはどうする?」
「勿論、僕もいきますよ。
こんな見ず知らずの人の家で、ゴロゴロとしているのも嫌ですし。
でも、一体どこへ行くんですか?」
「竜を倒した男に、会いに行くのさ」
「竜を……?」
ザンの思わぬ言葉を受けて、ルーフは怪訝そうに小首を傾げた。
実際に竜の実力を目の当たりにしたことがある者にとっては、竜を倒せる人間がいるなんて話は俄には信じられない話だったのだ。
いや、確かに目の前のザンのような例外も存在するが、そんな例外が他に何人もいるとは、ルーフには到底思えなかったし、思いたくもなかった。
それはそれで物騒極まりない話だな──と。




