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―闇夜の襲撃者―

 第2章は「切り裂きジャック」事件がモチーフの1つになっています。そんな訳で、猟奇殺人事件の要素が何度か出てくる為、苦手な人はご注意を。

 ザンが現場に辿り着くと、悲鳴の(ぬし)と思われる女性は、血溜まりの中で仰向けになって倒れていた。

 おそらく娼婦なのだろう。

 周囲の荒廃した雰囲気とは場違いにハデな衣装で身を包んだその女性は、胸から下腹部の辺りまでを、刃物で大きく斬り裂かれていた。


 その出血量と、内臓が傷口から体外に引き出されていることから、一見しただけで女性は絶命していることが分かる。 

 そんな遺体の(かたわ)らには、長剣を手にした1人の人間がたたずんでいた。

 外套のフードを頭から目深(まぶか)に被っていたのでハッキリとは確認できないが、身長の高さからして男だと思われた。

 

「……お前が、やったのか?」

 

 ザンの呼びかけに男は答えない。

 が、かわりに「グルルル……」と、獣じみた唸り声をザンに向ける。

 そして紅い光を帯びた目で、彼女を()めつけつつ身構えた。

 

(こいつ……人間じゃないな? 

 まるで食事を邪魔された獣のような目で、こっちを見てやがる……)

 

「グウオォッ!!」

 

 男は唐突に、奇声を発しながらザンへと斬りかかってきた。

 それに対して彼女は――、


「――()でよ!」

 

 とっさに男の斬撃を躱し、普段は異空間に封印してある剣を呼び出す。

 すると彼女の手の中には光が生まれ、やがてその光は紅い刀身を持った剣へと姿を変えた。

 それは鋼鉄よりも硬い竜の皮膚を斬り裂くことのできる最強の剣、「斬竜剣(ドラゴンスレイヤー)」である。

 

 何も無い空間から剣が出現する──そんな非常識な現象に、男は怯んだ様子を見せた。

 だがそれも一瞬だけのことで、すぐさまザンへと襲いかかる。

 理解しがたい現象を警戒することよりも、攻撃的な衝動の方が上回っているようだ。


(……ちっ、理性は残っていないか)

 

「ガアアアアアーッ!!」


 熊の前足の一撃を思わせる、重い斬撃がザンを襲う。

 しかし彼女は、上半身の動きだけで難なくその攻撃を躱した。

 

「ふん、そんな動物じみた動きじゃ、隙が大きすぎて話にならないな。

 その程度の実力で私に戦いを挑もうなんて、100年早い!」


 そんなザンの挑発的な言葉が理解できた訳でもないのだろうが、男は更に興奮した様子で攻撃を繰り返した。

 勿論、どれも彼女にはかすりすらしない。

 

(だが……この斬撃の鋭さは、なかなかのものだな。

 もしもまともに剣術を操る知能があったのなら、相当厄介だったかもな……)

 

 ザンはそんなことを考えつつ、男の利き腕目掛けて剣を振るう。

 とりあえずは武器の使用を不可能にしてから、男を取り押さえるつもりなのだろう。

 ところが、男は腕にザンの一撃を受けてもなお、剣を取り落とすことはなかった。

 

「馬鹿なっ!?」

 

 ザンは既に人1人を惨殺しているであろう男に対して、手加減などせずに斬りつけていた。

 竜と戦う時のような全力の一撃ではなかったにせよ、それでも人間の腕なら容易に切断できる威力があったはずだ。

 それにも関わらず、彼女の剣は男の強靱な筋肉に阻まれて、腕の切断までには至らなかった。

 

「グウウ……ッ!」

 

 しかし男の負った傷はやはり浅くはないようで、彼はじりじりと後退(あとずさ)り、逃げの体勢に入る。

 

「待てっ!」

 

 ザンが(のが)すまいと間合いをつめようとしたその時、男は自らの背後へと5m以上の高さまで跳躍した。

 それは何か悪い冗談のような、有り得ない光景だった。

 そして男は空中で剣を振るう。

 

「!!」

 

 ザンは男のその動作を見て、すぐさ真横に飛び退()く。

 次の瞬間、先ほどまで彼女が立っていた辺りの地面は、まるで見えない(やいば)によって斬り裂かれたかのように破壊されていた。

 いや、実際に見えない刃が襲いかかったのだ。


 それはザンにとって、脅威にもならない攻撃であった。

 しかし周囲はその攻撃によって発生した土埃に包まれ、それに視界を邪魔された彼女は、男の姿を完全に見失ってしまった。

 

「……衝撃波で目眩ましか。

 私に斬られた腕で、こんな芸当ができるなんてな……。


 それに獣のような奴かと思いきや、案外知能も高いじゃないか。

 いや……途中から急に高くなった感じだ。


 ……私に斬られて正気に戻ったのか?

 こいつはひょっとすると、アレかな……」

 

 ザンがそう独り言を呟いていると、何処かからかザワザワと人の声が聞こえ始めた。

 どうやら今の騒ぎを聞きつけて、野次馬が集まってきたらしい。

 

(……厄介事に巻き込まれたくはないけど、ここにいた方がルーフ達と合流しやすいかな……。

 それにあの男の情報を集めるのには、好都合か……)

 

 ザンは立ち尽くしたまま暫くの間思案した後、思い出したかのように、

 

「あ、殺しの容疑をかけられないように、剣を隠しておかないとまずいか……」

 

 次の瞬間、ザンの手の中で剣は、再び光へと変わっていった。

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