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―動き始めた未来―

 今回で第1章は完結です。

 自身の存在がザンに認められた──とでも思ったのだろう。

 差し出された彼女の手をを取りながら、ルーフはとても嬉しそうに笑った。


 ザンはその笑顔を見て、もしもジョージが生きていれば、こんな笑顔を見せてくれるようになったのだろうか──と、一抹の寂しさを感じた。

 だが、もう取り返しの付かない過去を嘆いても仕方がない。

 これからはルーフのこの笑顔なら、沢山見ることができるようになる──そう思えば、今し方覚えた寂しさも紛らわせることができるだろう。


 そんな感慨に(ふけ)ったまま、握手をやめようとしないザンに対してルーフは、


「あの……ザンさん?

 いつまで手を……?」


 (いぶか)しげな視線を向ける。


「──っ!?」


 ザンはルーフの笑顔に見惚れていたという事実を、今更にのように自覚したのか、その身体を硬直させた。


(ザンって、こういう間の抜けたところがあるよなぁ……)


 と、ファーブは微笑ましい光景に心を和ませる。

 しかしザンはそれどころではない。

 物凄い勢いで顔が赤くなるのを止めることができないという、想定外の事態に、内心では混乱気味だった。


 だからザンは、強引にルーフの手を振りほどき、あわててルーフに背を向ける。

 そんな彼女の瞳は、何故か涙で潤んでいた。

 どうやら複雑な諸々の感情が、極まってしまったらしい

  

(ヤバ……なんでこんなことで涙が出そうになるんだよ……!?)

 

 ザンの赤くなった顔は、更に戸惑いで彩られるが、その顔はどことなく幸せそうにも見えた。

 そんなザンのことを気遣ってか、ファーブは急に話題を変える。

 

「……さて、それにしても他の町の住人達は、どうなるんだろうな?」

 

「……いくらなんでも、そこまでは面倒を見切れんぞ、私は……」

 

 ファーブの言葉に、ザンは怯んだような様子を見せた。

 

「さすがにそこまでは求めんよ。

 でも、新たに町を再建するにしても、新天地へと移住するにしても大変だろうな……」

 

 しんみりとファーブは呟く。

 所詮はこれから旅立ってしまう彼らにとっては、関係の無くなる話ではあったが、気になると言えば気になる。

 だが、決して他人事ではない立場のルーフは、だからこそやや冷淡だった。

 

「……でも、本当なら竜のことも、自分達でどうにかしなければならなかったことなんです。

 それを人任せにした代償をこれから払うのは、仕方がないことなんじゃないのかな……」

 

「………………」

 

 ルーフのその言葉に、ザンは押し黙る。

 確かにルーフの言う通りなのかもしれない。


 生活の場を失い、それを新たに築かなければならなくなったコーネリアの人々――。

 だが、それは命や幸福などの大切な物を守る為に、竜や権力者を相手に戦うことを他者に委ねてしまった者が払わなければならない、当然の代償なのだろう。


 しかも彼らは、これからもまだまだ沢山の何かを、代償として払わなければならないのではなかろうか。

 人々は今日の出来事を――不可思議な力によって自身の命が救われたという事実を、どう受けとめたのだろう。

 おそらく真実を知らぬ者にとっては、「神の起こした奇跡によって救われた」──それ以外の何物でもなかったはずだ。

 

 ならばそこから、信仰が生まれないとも限らない。

 それを信じる者達が将来再び困難に直面した時、彼らは一体どうするのだろうか。

 起こることの無い奇跡を信じながら、そして戦うことを知らずに命を落とすまで苦しみに耐え続ける者がいないとは言い切れない。


 あるいは自らの信仰にそぐわない者達を、排除しようとする者が現れないとも限らない。

 信仰もまた、滅びへと続く道となり得るのだ。

 

 結局、竜の脅威は去ったが、コーネリアの住人達には、まだまだ多くの苦難が待ち受けているのかもしれない。

 それを考えると、ザンは少し気が重くなった。

 だが、そんな彼女の想いを吹き飛ばすかのように――、

 

「それでもこれからは、みんな自分の思い(えが)いたままに生きていけます。

 確かに苦難は色々あるかもしれませんけど、失敗したって簡単に命が無くなる訳じゃないのだから、またやり直せます。

 竜に脅えていたこの3年間の生活に比べれば、きっと幸せですよ」

 

 ルーフは笑った。

 心の底からの笑顔だ。

 そんな彼の顔を見て、ザンも微笑む。

 

「自分の思い描いたままにか……」

 

 そんなザンの声は、殆ど聞こえないほど小さな物だった。

 それだけ彼女にとって、自信の持てない途方もないことだったのだろう。

 それは今まで全く考えたことが無かったのだから当然だが、そろそろ考え始めてもいいのかもしれない。

 

 ザンは200年にも及ぶ戦いの旅に、ようやく終わりが見えてきたような気がした。

 戦いが終わったら自分は一体何がしたいのか、何ができるのか、それはさっぱり分からなかったが、それを考える時間は沢山ある。

 

 母が命懸けで遺してくれた、この命と共に――。

 

「さーて、行くか」

 

 ザンは歩み出す。

 その歩みの先には、また邪竜との戦いが待っている。

 だが、そればかりではないだろう、きっと――。

 

 だから不思議と心は軽かった。

 

「あっ、待ってくださいよー!」

 

 慌ててルーフとファーブがザンの後に続く。

 そんな些細なことを何故か心強く想いながら、彼女は何気なく空を仰ぎ見た。

 

(なんだか……空を見上げるのも、久しぶりな気がするな……)

 

 空は、ザンが200年前に見上げていた空と、何も変わらない。

 ただ、あの時に彼女が感じ続けていた不安感は、何処にも見出せなかった。

 

 微笑むザンの上空には、雲1つ無い青い空が、遠く地平線の彼方まで続いていた。

 はい、次回から第2章ですが、その前に『鬼 -逸話集-』の新作を3日ほどかけて投稿しようと思っています。

 その間は、余裕があれば第2章の方も投稿するかもしれませんが、完全に未定なので、実際にいつになるのかは分かりません。ブックマークで設定しておけば、更新を知らせてくれるので便利ですよ。

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