―旅は道連れ―
旅に同行したいというルーフの願いを受けて、ザンは戸惑う。
彼女の旅は、邪竜と戦う為の旅なのだ。
命に関わるほどの危険な目に遭うことも、決して珍しくはない。
そこに普通の人間であるルーフを同行させるのは、あまりにも危険すぎる。
しかしファーブはあっさりと、
「いいんじゃないか?」
と、ルーフの同行を認める。
「ファーブ!?」
ザンは抗議めいた声を上げたが、ファーブはさほど意に介した様子も無く、言葉を続ける。
「……まあ、ザンが躊躇う理由も大体見当がつく。
『危険だから』って言いたいんだろ?
だけど焼け出されて無一文の、しかも旅について知識も無ければ用意も無い、そんな子供に1人旅をさせるよりは、ずっと安全だと思うけど?」
「ううっ……!」
ファーブの的確な指摘を受けて、ザンは呻いた。
確かに彼の言う通りなのだ。
旅の道中には山賊の類いや獣、果ては魔物まで出没する為、危険はかなり多い。
しかもこの土地から1番近い町までは、歩きなら10日以上はかかる。
路銀どころか食料すら持たないルーフでは、途中で飢えてのたれ死にすることが目に見えていた。
最低限、自力で水源を見つけて、食べられる野草を見分けたり、獣を狩って食肉にしたりする能力が無ければ、旅は無理だろう。
ならば他のコーネリアの住人達に世話になるという選択肢もあるのだろうが、他の人々も置かれた状況はルーフとさほど変わらず、それほど余裕があるとも思えない。
ルーフとてそんな苦しい状況に置かれた人々に、頼ろうとはとても思えないだろう。
そもそも町の住人達がルーフと同様に、この土地から旅立つ気があるのかどうかさえも分からない。
この土地に留まるのならば近くに河があるので、そこから水と食料になる魚介類の確保だけはなんとかなる為、最低限の生活を送ることだけは不可能ではないはずだった。
勿論、その生活は相当厳しい物となるであろうが……。
だからルーフが手っ取り早く、かつ安全に旅立つ為には、ザンの旅に同行することが最も望ましいと言えた。
だが、ここ百数十年以上もファーブ以外の者を旅に同行させたことの無いザンである。
彼女にとってルーフを旅の仲間に加えることは、今までの生活が大きく、しかも急激に変化してしまいそうな気がして、少なからず不安と戸惑いを感じてしまうのだ。
それに元々ザンは幼少時代の体験が元で、他人にはあまり心を開けない傾向がある。
実際、今は相棒のファーブとだって、馴染めるようになるまでにはかなりの時間を要したのだ。
それ故に、旅の同行者が増えることに対しての抵抗感は、やはり大きかった。
しかし――、
「そもそも、ルーフが旅立たなければならない原因には、ザンも無関係じゃないんだからさ。
最後まで面倒を見てやるんだな」
結局、これを言われてしまうと、ザンは承諾するしかなかった。
「分かったよ、もう!
好きにすればいいだろっ!」
と、ザンは自棄気味に承諾して、そっぽを向いてしまった。
「……だそうだ。
良かったな」
ファーブはルーフに近づきつつ、ザンには聞こえないように小声で囁いた。
「ありがとな。
ああ見えてもあいつは、結構寂しがり屋なんだ。
だからお前の同行の申し出も、本当は嬉しいはずさ。
……側にいてあいつのことを助けてやってくれな」
「は、はい!」
実のところ、ルーフが旅の同行を望んだ理由は、ザンの助けになりたかったからだ。
何処となく自らと境遇が似ている彼女のことが、放ってはおけなかったのだ。
ファーブはそんなルーフの気持ちを見抜き、それを汲んでくれたらしい。
理解者がいるというのは、実に心強いことだった。
ただ、ルーフの同行には妥協したが、ザンはまだブツブツと何事か文句を言っているので、全面的な受け入れは、まだまだ先のことになるだろう。
そんな彼女をファーブは宥める。
「いいじゃないか。
友達が増えて」
「馬鹿言うな。
友達なんていた試しがない……って、言っただろう」
「これからは違うかもしれないじゃないか。
大体、お前だって友達が欲しいと思ったことだってあるだろう?」
「………………」
ファーブの指摘に、ザンは虚を突かれたような顔をして黙り込んだ。
今、初めて気が付いた。
遠い日のあの時、彼女は友達と遊ぶ夢を描いた。
友達とケンカする夢を描いていた。
しかし、彼女はそんなことまで忘れていた。
憎しみがそれを忘れさせていた。
(そうだな……。
あの時の私は、今の自分と違う生き方をしている未来の自分を、想像していたっけ)
その時叶わなかった夢は、今なら叶うかもしれない。
ザンはルーフの顔を見て、また遠い昔の記憶を思い出す。
ルーフは似ていた。
性格も、雰囲気も違うけれど、ルーフはどことなくジョージに似ていた。
彼は子供としては整った顔立ちをしていたが、所詮は小さな子供だった。
ザンが今にして思い起こせば、笑えばかなり可愛らしくみえる顔立ちだったのではないかと思う。
その上、瞳や髪の色も同じということで、必然的に童顔ながらも整った顔立ちをしているルーフはジョージの面影と何処か重なった。
それに自らザンに歩み寄ってくれたところも、ジョージに似ている。
もしかしたら、人間にはあまり関わらないようにして生きてきた彼女が、ルーフに語りかけたのも、邪竜の情報が欲しかったということだけではなかったのかもしれない。
(ああ……本当だ。
私は友達が……いや、でも……)
暫くの間、何かを葛藤しているかのような表情で黙り込んでいたザンであったが、やがて彼女はそっぽを向きつつもルーフに手をさしのべた。
「………………まあ、よろしくな」
「はい!」
一族を失って以来200年もの長きに亘って孤独だったザンが、ついに終生のパートナーを得た瞬間であった。




