―消えた故郷、これからの道―
更地と化してしまったかつてのコーネリアの町の姿──それに対するザンの感想に、ルーフは同意する。
「そうですね……。
たぶん何も知らない人へ『ここに町があった』と言っても、信用しないんじゃないかなぁ……」
そんなルーフの言葉は、ただ事実を述べただけだったが、なんとなく責められているかのような気分になったのか、ザンは謝罪の言葉を返した。
「……済まないな。
私が戦いを始めなければ、こんなことにはならなかったのだが……」
思わぬザンの言葉に、ルーフは慌てる。
「いえ、そんな、とんでもないですよ!
こちらこそ竜に怯えなくてもいいようになったんだし、命だって助けてもらったんですから……。
町が消えることがそれの代償だと思えば、これくらい安いものですよ。
だからザンさんが気にする必要は全然無いし、僕達はいくらお礼を言っても言い足りないんですよ?」
「うん……」
ザンにとってルーフの言葉はありがたかったが、それを彼女は素直には受け取れなかった。
結局、彼女は町の人間の為ではなく、自身の復讐の為に戦ったのだから……。
そのことが、彼女には後ろめたかったのだ。
そんなザンの心中を察したのか、ファーブはルーフの手からフヨフヨと離れて、彼女の頭にちょこんと乗りかかる。
そして慰めるような口調で囁いた。
「なあ……ザン。
動機はどうあれ、お前が戦ったことで救われた人間がいるのは確かなんだから、そんなに後ろめたさを感じる必要はないと思うぞ。
むしろ誇りに思うことだな。
そうしていれば、いずれは戦いに復讐以外の意義を見つけることもできるかもしれん。
いや、もしかしたら戦い以外の生き方だって……」
「……そうかな?
今と別の生き方をしている自分なんて、想像できないや……」
ザンは本気で想像できないらしく、眉間に皺を寄せて困ったような表情を作る。
そんな彼女の顔は、その実年齢からは比べ物にならないほど幼く見えた。
「でも人間は変わるものさ。
ザンも将来はどうなっているのか、分からんぞ?
実際、昔のお前と今のお前を比べたら、かなり別人だしな。
昔のお前なら、俺が頭に乗ったら有無を言わさずに、剣で斬りかかってきたんじゃないかな?」
「……そうかもな。
……って、さっさと降りろよ。
ルーフがムチャクチャ笑いをこらえているじゃないか……。
今の私達は、相当マヌケな姿らしいぞ……?」
確かに巨大な目玉を頭上に乗せている今のザンの姿は、傍目にはかなりシュールでユーモラスな光景に映ることだろう。
それに何処となく可愛くもあった。
そんな彼女達の姿に、ルーフが吹き出しそうになるのも無理からぬことなのかもしれない。
ザンは「しっしっ」と、蠅でも追い払うかのような仕草でファーブを頭から降ろす。
そんな彼女の顔には、わずかに照れたような笑みが浮かんでいた。
ルーフは何度かザンの笑顔を見たことがあるが、何故か今の笑みが彼女が見せる初めての笑顔であるかのように思えた。
それは今回の戦いを終えたことと、無関係では無いのだろう。
事実、ザンは復讐という道を選んでしまったが為に、その心に負った傷は未だ癒やされてはいなかった。
だが、それでも少しずつ快方に向かっている。
そしてヴリトラという邪竜達の頂点に位置する存在を倒した今、彼女の心には1つの区切りの時を迎えたのかもしれない。
そんなことを考えて、思わずルーフも微笑んでしまう。
それに気付いたザンは、訝しげな表情を浮かべた。
「……いつまで笑ってるんだよ」
そしてザンは、この居心地の悪い空気から逃げようとしたのか、急激に話題を変える。
「あ、そうだ。
ルーフはこれからどうするんだ?
今のあんたの立場って、難民同然だろ?」
ザンの指摘通り、確かにルーフにはもう帰るべき家が無い。
これからの彼の生活には、かなりの苦難がつきまとうのではなかろうか。
「ん~、そーですねー……。
元々宿屋の経営は行き詰まっていましたから、別の仕事をさがそうとは思っていたんですよね。
でも、町はこの通りですし……。
とりあえず、環境の良い土地に移り住んで、そこで自分に合った仕事を見つけるつもりなのですが……」
そしてルーフは暫し沈黙し、まるでザンの機嫌を窺うかのような、オドオドとした上目遣いの視線を彼女へと向ける。
あたかも捨て犬にすがりつかれたような感覚を覚えて、ザンは思わずたじろいだ。
そんな彼女に対してルーフは、
「…………あの~、それでですね……。
その落ち着く先が見つかるまで、ザンさんの旅に同行させてはもらえないでしょうか……?
僕は殆どこの町から出たことが無くて、旅にも疎いですし、頼れる身寄りもいないんです……。
迷惑をかけることになるかもしれませんが、どうかお願いします!」
「はあっ!?」
その意外な懇願を受けて、ザンは素っ頓狂な声を上げた。
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