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―雨上がり―

 今回がエピローグです。

 ハンナは水溜まりの泥が跳ねて、服や足を汚すことも構わずに道を走る。

 既に全身泥と怪我だらけなので、今更気にするまでもない。

 周囲をキョロキョロと見渡しながら、息を切らせて村だった場所を縦横無尽に駆け回る。

 

 しかしザンの姿は、村の何処にも見当たらなかった。

 竜の姿も見当たらないことを考えると、彼女は竜を倒してそのまま村を去ったのか、それとも再び逃走した竜を追って行ったのかもしれない。

 いずれにせよ、もうハンナの前に姿を現すことは無いだろう。

 

「くっ……!」

 

 ハンナはついに力尽きて、村はずれの小高い丘で立ち止まった。

 そして乱れた呼吸を、必死で整える。

 

(何も言わずに、いなくなるなんて……!)

 

 ハンナの口元が歪んだ。

 本当は奥歯を噛みしめたいところだが、酸素を求めて喘いでいる為に、口が上手く閉じてくれない。

 

「ハア……この……ハアっ」

 

(言いたいことくらい、言わせなさいよっ!)

 

 ハンナは必死で呼吸を整える。

 そして、大きく息を吸い込み、

 

「馬鹿──っ!!」

 

 大きく怒声を張り上げた。


 


 広い草原を分断するかの如く、細い小道が遠くへと延びている。

 その小道を、ザンは足早に進んでいた。

 欠損した右足はもう生え替わっていたが、ブーツは燃え尽きたので裸足である。

 そんな彼女の後を、ファーブがふよふよと浮かんで続く。

 

「……村から逃げるのか?」

 

「ああ、逃げる」

 

 ファーブの問いにザンは、キッパリと答えた。

 村を壊滅させた原因の一端は、間違いなくザンだ。

 そこにどんな顔をしていればいいのかなんて、彼女には分からなかった。

 

「でも、あのハンナって娘から、礼ぐらいは言って貰えるかもしれないぞ?」

 

「それは無いよ」

 

 再びザンは、キッパリと答える。

 

「父親を殺した相手に、礼をする奴なんかいない」

 

「……お前の所為じゃないって。

 あの娘もその内、分かってくれるよ」

 

「……だといいけどな。

 だが、今じゃない」

 

「……」

 

 確かに今のハンナは、ザンに対して複雑な感情を抱いているだろう。

 頭でザンの事情を理解していても、顔を合わせたらどのような態度を取るのかは分からない。

 今は会わない方が無難なことは確かだ。

 

 しかしザンは、世界を放浪している身だ。

 再びこの地を(ドラゴン)が襲うということでもない限りは、彼女がここを訪れることはもう二度とあるまい。

 今会わなければ、ザンとハンナは永遠に会えないことになる。

 

 だが、ザンはそれでもいいと思った。

 そもそも、こんな自分が人との繋がりを求めること自体が間違いなのだ──今はそう思っていた。

 

(私はただ、竜を狩ることに全力を傾けていれば、それでいいんだ)

 

 そうしていれば、困難な人間関係の構築に苦悩する必要なんかない。

 それが彼女にとって、一番楽なのだ。

 

 それでも、そう割り切ろうとはしても、何故か目が涙で(うる)んでくることを止められない自分がいる。

 

(そんな軟弱なことで、どうするっ!)

 

 ザンはそんな風に、自身へと必死に言い聞かせようとした。

 その時、

 

「馬鹿──っ!!」

 

 遠くから声が聞こえる。

 

「……なんだ?」

 

 周囲を見渡しても、ザン達の他に人影はない。

 

「これは山びこじゃないか? 

 あのハンナって娘の声だろう?」

 

 それは確かに山びこであるようだった。

 ハンナはザンがどの方向へと去ったのか分からずに、見当違いの方向へと呼び掛けていた可能性が高い。

 本来ならばその声がザンに届くことは無かったかもしれないが、山の斜面に声が反響することによって、ハンナの声を村から遠く離れたザンの元へと届ける結果となったようだ。

 

「お礼ぐらい言わせなさいよ、この馬鹿ーっ! 

 ありがとーっ!」

 

「……!」

 

「ほら、分かってくれただろ、あの娘も」

 

 確かに村に災いを持ち込んだのは、ザンだったかもしれない。

 しかしザンがいなければ、村が全滅していた可能性が高いのも事実だった。

 それにハンナの父のことだって、やはりザンが斬らなければどうしようも無かっただろう。

 彼女もそのことは、ちゃんと理解してくれたのだ。

 

 もっともハンナの心情的には、そう簡単にザンのことを許せる物ではなかったはずだ。

 だが、彼女は今礼を言わなければ二度と言う機会がない──そして言わなければ一生後悔する――そう判断したのだろう。

 

「…………」

 

 ザンは無言で歩き出した。

 そんな彼女へファーブは、

 

「返事を出しておくぞ?」

 

「……勝手にしろ」

 

 何かを隠すように振り向かず答えるザンの声は、心なしか震えていた。

 

 ポン、ポポン!

 

 ファーブは空に向けて、魔法を打ち上げた。

 それは拳大の火の玉で、上空で弾けて渇いた破裂音を山々に響かせている。

 おそらくこの音がハンナの耳に届けば、その意味をちゃんと理解してくれるだろう。

 

 彼女の声はちゃんと届いたのだ──と。

 

 渇いた破裂音を背に受けながら、ザンは歩みを進める。

 雨が上がったばかりの道は、ドロドロで、空を見上げても曇っている。

 何処にも心躍るような風景はなかった。


 まるでこれからの旅を象徴しているかのように、彼女には思えた。

 

 しかしだからこそ、彼女は眩しそうに空を見上げ、(かす)かに笑う。

 

(いつか雲1つ無い空を、見上げることがあるのだろうか……)

 

 ザンが見上げるその空の果てには、ほんの少しだけ──、


 奇麗な青空が覗いていた。



      斬竜剣 0章 完

 これで本編シリーズは完結となります。まだ外伝はあるのですが、当面の間は『乗っ取り魂』などの他に連載している作品に力を入れようと思うので、外伝の更新は暇になった時、かつ気が向いたら……ということにしたいと思います。ブログでは公開しているので、気になる人はそちらでご覧下さい。

 そんな訳で、本作は取りあえず「完結」の設定にしておきます。ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。

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