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―戦いの後―

 巨大な爆発の中で、ヴリトラの身体は消滅してゆく。

 多くの人々を苦しめ、殺めてきたその邪悪な姿は、2度とこの世界に現すことは無いはずだ。


「凄い…………」

 

 そんなルーフの呟きを同じ想いで聞きながら、ファーブは滅びゆく邪竜の姿を眺めていた。

 

(あいつ、今度の戦いでまた強くなりやがったな……。

 今度は俺の全てを出し尽くしても、勝てないかもしれんな、こりゃあ……)

 

 ファーブは多少の悔しさを感じたが、それは今の彼にとって、それほど固執するほどのものではない。

 彼は過去にザンと戦ったこともあったが――しかし万全な状態での戦いではなかったが故に不完全燃焼であり、再度戦いたいとも願ってもいたが、今はもうそんな気持ちは無くなっていた。

 

 ファーブにとって今のザンは、大切な……何だろう? 

 それはよく分からなかったが、まあ、大切だということが分かっているのならば、何も問題は無いだろう、たぶん。

 

「まあ、いいや……。

 こんなところでボーっとしていてもしょうがない。

 早くザンの様子を見に行こう。

 あいつも相当疲れているはずだ」

 

「はあ……そうですね」

 

 ルーフは「『まあ、いいや』って、何が?」と思いつつも、ファーブを抱えながらザンがいる場所へと駆け出した。

 周囲の地面はまだ焼けているが、結界はファーブを中心にして動いているので、安全性は維持視されている。

 ただ、地面ではなく、結界の底面を踏んでいる状態なので、違和感があり、少し走りにくくもあるが。

 

 ともかく彼らは、ザンのもとへと急いだ。

 しかし、戦いが行われていた場所に近づけば近づくほど、ルーフはその凄まじい痕跡に改めてギョッとする。

 ヴリトラによって全てが焼き払われた大地には、町も樹木も姿を消し、ザンによって斬り裂かれた傷痕のみが残っている。

 それは、地平線の果てまで続いている──そう思えるほど、長大に穿(うが)たれていた。

 

 そんな戦いの場の中心では、ザンが呆けたような表情で座り込んでいた。

 彼女は力を使い果たして動けないのかと思いきや、結界を形成して焼けた大地から身を守っているので、まだ余力はあるようだ。


 ただ、ザンの顔にからは、ついに宿敵を討ち滅ぼした喜びも、達成感も感じ取れなかった。

 むしろどこか呆然としているかのように見える。

 ルーフはそれを見て、かつての彼女の言葉を思い出す。

 

『町の人間達は生きる喜びも忘れて、自分達が何の為に生きているのかさえ分からないような目をしていた……』

  

 ルーフには、今のザンもその言葉通りの目をしているように思えてならなかった。

 やはり彼女自身も、復讐の戦いの中に生きる意義を見出せてはいないのだろう。

 だから復讐を果たしても、彼女の心は何も得るものが無かったのだ。


 そう、ザンが本当に求めているのは、復讐の為の戦いなどではなく、もっと別の何かのはずだ。

 たとえば、遠い過去に失われた両親の温もり──それもその1つだろう。

 そして、両親が復讐を望んでいないことは、彼女も心の奥底では分かっているに違いない。


 それでもザンは、復讐の道を選ばずにはいられなかったのだ。

 その心に負った大きな傷故に──。

 

「見てみなよ、あの虚しさに満ちたザンの顔を……。

 彼女は今、心の中で泣いているんだ……」

 

 と、ファーブが小声でルーフに囁いた。

 

(たぶん、そうなんだろうな……)

 

 ファーブの指摘については、ルーフも同じ想いだった。

 だからこそ――、

 

(あの人を、なんとかして助けてあげたいな……)

 

 そう思わずにはいられなかった。

 

「ザン!」


 ファーブの呼びかけに、ザンはハッとしたように振り返った。

 ルーフ達がザンの側面に位置する場所にいたとはいえ、どうやら全く気がついていなかったらしい。

 戦いを終えて、完全に油断していたようだ。

 

「あ、ああ……。

 お前達も無事だったか……」

 

 ザンの顔が少しだけ赤くなる。

 おそらく「恥ずかしいところを見られてしまった」、とでも思ったのだろう。

 そんなザンの様子を見て、ルーフはファーブに囁く。

 

「もう少しそっとして置いた方が、良かったんじゃないですか?」


 ザンにはまだ、心の整理をつける時間が必要なのではないかと思ったのだ。

 しかしファーブは、器用に首──というか、目玉を横に振る。

 

「……いや、いいんだ。

 放っておくと、いつまでああしてるか分からないし、あんなところで虚無感に浸っていたって、ザンの為にはならないさ」


 むしろザンには、下手に考える時間を与えない方が良いと判断したらしい。

 確かに世の中には、物事を達成した直後に燃え尽きてしまい、精神的に酷く落ち込む者もいる。

 そうならない為にも、何でもいいから動いていた方がいいということだろう。


 そんな配慮をあれこれと考えている2人のもとへ、ザンが歩み寄ってきたが、

 

「ん? 私がなんだって?」

 

 彼女はそう言いながらも、ルーフ達の会話の内容には興味が無いのか、それとも大体の察しがついたのか、特に追求しようとせず、ゆっくりと周囲を見回した。

 

「うわ……改めて見てみると、綺麗に焼き払われちゃったなぁ……」


 今のザンには、戦いに集中していた時には見えなかった物が見えてくる。

 それは取り返しが付かない状態になった、かつて町だった土地の姿だった。

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