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―炎の跡―

「な……!?」

 

 ハンナは驚愕の表情で、空を仰ぎ見た。

 先程ザン達が消えていった方向──そちらから巨大な火柱が立ち上ったからだ。

 その高さたるや、数百mに達するほどの巨大な炎の竜巻であった。

 彼女にはそれが現実の物だとは到底思えなかったが、現実の光景であることは照り付ける熱風で分かる。

 

「こ、これを(ドラゴン)がやったの? 

 これが……竜の力!?」

 

 改めて見せつけられた竜の力に、ハンナは恐怖した。

 

(もし……あれに巻き込まれていたら……ザンさんは……?)

 

 山の頂上を吹き飛ばすような攻撃を、剣1本で跳ね返したザンのことだ。

 その生存が絶望的だとは、まだ言い切れない。

 だが、無事だと断言することもできなかった。

 

 それどころか、今は自分達の命すら今は危うい状況だ。

 ハンナと火柱とは数百mほど離れているはずだが、それにも関わらず火の粉が大量に降り(そそ)いでおり、周囲に炎が類焼しないとも限らない。

 速やかにこの場から離れた方が無難だろう。

 

 ハンナはまだ意識が戻らないカミユを背負って──殆ど引きずるような形になっているが──その場から(のが)れようと歩き出す。

 女性が意識の無い成人男性を背負って移動することは、容易なことではない。

 彼女は必死で歩を進めていたが、気を抜くと自らしがみつくことのできないカミユはすぐにずり落ちてくる。

 そんな彼を何度も背負いなおさなければならず、彼女は大変な労力を要した。

 

 だからハンナには、後ろを振り返る余裕など無かったが、後ろ髪を引かれるような感覚は延々と彼女を(さいな)んだ。

 

「……まだ言いたいことが沢山あるんだから……!

 ……生きて帰ってこなかったら、本当に許さないんだからっ!」

 

 ハンナは小さく苦々(にがにが)しげに吐露する。

 それが今の彼女にできる、ザンに対しての最大限の激励だった。

 

 しかし、結局のところ──、

 ザンがハンナの元へ帰って来ることは、(つい)ぞ無かったのである。


 


 吹き上がる火柱は時間の経過と共に、崩れ落ちる塔の如く形を失っていった。

 周囲には大小様々の炎の欠片(かけら)が降り注ぐが、これ以上燃え広がって、火勢が強くなることは無いであろう。

 既に火柱の周囲は、一瞬にして全てが焼き尽くされたが(ゆえ)に──。

 

 最早燃えるような物は、辺りには何も残っていない。

 火柱は瞬間的に数千度──あるいは万の単位に達しかねない超高熱を発して、まさに一瞬で四方のあらゆる存在を灰と化したのである。

 

 勿論、ラハブただ1人を除いて──のはずだった。

 

『ぬ?』

 

 ラハブは(いぶか)しげに表情を歪めた。

 炎は瞬間的に周囲の酸素を燃焼し尽くしたが為に、急速に鎮火へと向かっている。

 まあ、風に乗って運ばれた火の粉が何処かで再び燃え上がることもあるかもしれないが、それはラハブの知ったことではない。

 

 それよりも消えつつある炎の中に、何かが燃え残っている。

 その事実がラハブにとっては、理解しがたいことだった。

 あれだけの熱量の中では、鉱物でさえもその原形を留めることは不可能だ。

 

 事実、炎の発生点である地面は融解・蒸発し、大きく窪んでいる。

 ましてや有機物が焼け残ることなど、決して有り得ない。

 有り得ないはずだが──。

 

 炎の中からその燃え残っていた物体が突然跳び起き、ラハブ目掛けて走る。

 そして、ラハブが気付いた時には既に──、

 

『ガッ……!?』

 

 紅い刀身が彼の腹に、深々と突き刺さっていた。

 

『ば、馬鹿なっ!? 

 直撃だったはずだ。

 何故燃え残っている!?』

 

「私だって……防御結界くらい形成できる……」

 

 確かにザンが完全に燃え尽きていなかった理由は、それぐらいしか考えられないだろう。

 しかしいかなる防御結界とて、その耐久限界は必ず存在するし、ラハブの放った魔法攻撃は結界の耐久限度を超えるだけの威力は十分にあったはずだ。

 

 実際ラハブが炎の中に再びザンの姿を発見した時は、彼女の周囲に結界らしきものを確認することはできなかった。

 つまり彼の魔法攻撃は、間違いなくザンの防御結界を打ち破っていたのだ。

 

 しかしそれでもザンは燃え尽きてはいなかった。

 無論無傷では無い。

 全身には酷い火傷を負っており、特に下方からの攻撃だった為に、彼女の履いていたブーツは完全に燃え落ち、足は炭化している部分すらある。

 彼女が今立っているのが、不思議なほどの重傷だ。

 

 だがそれでも、その生命活動を停止させるまでには至っていない。

 ザンの結界が、火勢が衰えるまで持ち堪えた証拠である。

 

 それはラハブがこの期に及んでもまだ、ザンの能力を過小評価していたからだ。

 もしも彼が全力を注いでいれば、ザンの結界も数秒と維持できずに、彼女は燃え尽きていただろう。

 

 しかし竜という種族は、あまりにも強大な能力を持つが故に、己の力を過信し、また敵を小さく見てしまう傾向がある。

 その油断の結果、ザンを仕留めることができず、この手痛い反撃を受けたのである。

 さすがにもう、悠長に構えている余裕などラハブには無かった。

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