―残された苦しみ―
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ザンの振るう剣はいくつかの気弾を捉え、四散させた。
自らが走りながらも、高速で飛び回る気弾を正確に斬ることは、容易なことではないだろう。
しかも下手に狙いを外せば大きな隙を生みかねないのだが、少しでも気弾の数を減らさなければ彼女の不利な立場が変わらないことも事実だった。
いや――、
「!!」
ザンの周囲で、気弾の数が数倍に膨れ上がった。
これまでは彼女が、気弾の攻撃を躱した時のみ分裂をするという法則があったが、その分裂を行うのはラハブの任意であり、好きな時に好きなだけ分裂を行える。
これで気弾に周囲を囲まれたザンは、完全に動きを封じられたかに見えた。
だが彼女は笑う。
まるで勝利を確信したかのように、不敵な笑みを浮かべた。
『ぬっ!?』
「斬竜剣士ザンの名において命ずる。
汝、我が呼びかけに応じ、その封じられし力を解き放て!」
ザンの剣から唐突に吹き上がった膨大な気と魔力の波動に呑み込まれ、気弾の尽くは呆気なく霧散した。
あまりにも分裂を繰り返した為に、気弾の1つ1つの密度が薄かったことが災いしたのだろう。
「はあぁーっ!」
邪魔な気弾の干渉を排したザンは、雄叫びを上げつつ一直線にラハブ目掛けて駆けた。
『なるほど……剣の抑制の解除鍵を唱えたか。
そういえば貴様達には、その奥の手があったな。
だが……』
剣の間合いに入った瞬間、ザンはラハブ目掛けて横薙ぎに剣を一閃させる。
ところが剣は、ラハブの手前で見えない壁に阻まれたかのように止まる。
いや、事実そこには、ラハブの魔力によって形成された障壁が存在していた。
俗に防御結界と呼ばれているものである。
『無駄なことを……。
いや、よくやったと称賛すべきかもしれぬがな。
本来、貴様ら「斬竜剣士」は、集団にて竜を狩る一族であろう?
それにも関わらず、たかだか1人で竜種最強種たる闇竜の私を1度ならず追い詰めたその実力は認めよう。
だが、やはり貴様1人だけでは、力が及ばなかったな。
まあ、貴様1人しか残らなかったのだから、詮無きことではあるが……』
哀れむようなラハブの視線。
しかし、それは慈悲でも憐憫でもない。
この世の絶対的摂理を曲げようと足掻き、結局は徒労へと終わろうとしている者に対しての呆れからくるものだ。
そんな蔑むようなの視線を受けて、ザンは怒りに燃えた。
「……私だけしか残らなかったのは……誰の所為だ……!?」
『むっ?』
ラハブに怪訝な表情が浮かぶ。
結界に阻まれているはずのザンの剣が、わずかに彼の方へと動いたからだ。
しかもその動きは止まることなく、徐々に彼の身体に近付いてきている。
(私の結界を斬っている……だと?
馬鹿な、それほど貧弱な強度では無いはずだ。
……この娘の力、まだまだ見誤っていたのか!?)
「私から全部奪って、今も奪い続けているのはあんたらだろうっ!?
他人事みたいに言うなっっ!!」
ザンは叫んだ。
その瞬間、彼女の剣は紅く輝き、ラハブの障壁を更に大きく斬り裂く。
「我が呼びかけし汝の名は──」
(最後の解除鍵か!?
だが、もう遅い。
私の術はもう既に完成しているぞ!)
『猛き炎よ、螺旋と舞え』
その瞬間、ザンの足元に炎が生じ、
「──っ!!」
『巻旋炎熱噴!!』
巨大な炎の竜巻と化して、彼女を呑み込んだ。




