―闇竜と斬竜剣士―
今日は用事があるので早めに更新。
一見ラハブは、以前よりも身体が小さくなったが為に、その脅威の度合いが格段に下がったように見える。
だが、これほど劇的に肉体を変化させる生物が、他に存在するだろうか。
これはまさしく細胞レベルで自らの肉体を操作できなければ不可能な業であり、それほどまでに肉体操作の能力に長けた者が脅威とならない訳がない。
実際、今のラハブの姿からは、先程までの巨体ほどの攻撃力を有しているようには見えないが、しかしそれは大きな間違いだ。
ラハブの身体は確かに縮みはしたが、元々からある膨大な質量が消えた訳ではない。
ただ細胞の密度を圧縮しただけで、その肉体は未だに数十~数百tという超重量を伴っているだろう。
重量という名の凶器を、ラハブは手放した訳ではないのだ。
しかも――、
『ゆくぞ!』
ラハブがザン目掛けて駆ける。
それは彼女が予想していた通り、数日前とは比べ物にならないほど動きが速く、小回りが利いている。
本来竜の骨格は素早い動きには適していない為、鈍重な者が多い。
だが、上位の竜にとって、それはさほど大きな欠点とはなり得なかった。
今のラハブのように自らの体型を自由に変え、その能力を大幅に変化させることができるからだ。
ラハブはその鋭い爪で、連続的にザンへと斬りかかった。
彼女はことごとくその攻撃を躱すが、その表情に余裕は無い。
それはラハブの攻撃が、見た目よりもはるかに重いからだ。
実質数十tの重量が伴っているのだ。
まともに食らえば何者も──そう、たとえ同じ竜種でさえも無事では済まないだろう。
1撃でも食らえば、そのまま即死ということも十分に有り得る。
だが、ザンとてただ防戦一方ではない。
熟練の戦士ならば、防御動作と攻撃動作をひとまとめにして行うことはむしろできて当然だ。
彼女はラハブの攻撃を紙一重で回避しつつも前に踏み込んで、鋭い斬撃をラハブへと叩き込もうとした。
身体能力の高さに頼ったラハブの動きは、ザンから見れば戦闘技術もへったくれもない。
確かに動きは素早いが、単調で予測がつけやすくもある。
彼女にしてみれば、当てやすい的だと言ってもいい。
しかし──、
「──っ!」
ギィンと、金属が激しく擦れ合うような異音が、周囲に響き渡る。
同時にザンの腕には衝撃が奔った。
彼女の放った斬撃は、ことごとくラハブの皮膚に弾かれたのだ。
今のラハブの身体は、元々の30m弱の巨体を10分の1程度に圧縮されたものであり、その肉体構造は全く別物だと言っていい。
結果としてその肉体の硬度は劇的に高くなっており、それでいて生物的な柔軟さも持つラハブの身体を斬り裂くことは、ザンとて容易なことではないようだ。
(この剣で斬れない……とはね)
ザンは舌を巻いた。
かつて彼女の斬撃を躱すことができた者ならば存在したが、真っ正面から受け止めて無傷であった者は初めてだった。
最強の種族闇竜の名は、決して伊達ではないという訳だ。
「なるほど……確かに闇竜の強さは、多少理解できた。
だが、私はあんたよりも更に厄介な相手とも、戦ったことがある。
それから比べればどうということは無いな」
『ほざくな……。
それに私とて、まだ全力を出した訳ではないのだぞ?
この程度で私の実力を侮られても困る』
「なら、お互い様だ……」
ザンが高速で踏み込んだ。
そのあまりの速度に、彼女の銀髪と紅いマントの残像が、クッキリと空間に残る。
『グッ……!?』
そしてラハブが気付いた時には、彼の脇腹に紅い線が生じた。
それは精々5mmそこそこの深さ──つまり皮膚を斬っただけにしか過ぎない。
だが、本来上位竜の皮膚は、鋼鉄を上回る強度を誇る。
ましてや今のラハブの身体は、肉体組織を圧縮して更に防御能力を高めていた。
それにも関わらずザンは、ラハブの身体を斬り裂いた。
寸前のザンの動きから察するに、神速の踏み込みのスピードを剣先に乗せて振るった結果だろう。
おそらくその斬撃は、音速をはるかに超えている。
もっとも、細胞単位で肉体を自由に操って変形させることが可能なラハブにとっては、この程度の傷など瞬時に塞ぐことができる。
彼にとっては、かすり傷よりも浅い傷だと言ってもいい。
放置していてもなんら問題の無いダメージだ。
しかし、ザンの攻撃によって傷を負ったという事実は、決して軽く見て良いものではなかった。
たとえかすり傷でも、それが何十、何百と重なれば致命傷にだって成り得る。
そしてそれ以上に、「ザンの動きに反応できなかった」――この事実がラハブにとって致命的な要素であった。
このままザンの攻撃を許していては、彼は防御もままならず一方的に攻撃を受け続けることになりかねない。
だからラハブは傷を塞ぐことも後回しにして、すぐさま反撃を試みた。
下手に動けば傷口を更に広げることになってしまうが、このまま防戦にまわれば勝ち目は無くなる。
そしてこの戦いにおいて、敗北には死以外の結末は無かった。
小さな傷に構っている余裕などない。
ところが攻撃対象であるザンの姿は、ラハブの視界の中に無い。
彼がそれを認識するよりも早く、彼の背に痛みが走る。
無論、斬撃によって負った傷の痛みだ。
(い、いつの間に背後に回り込まれた!?)
ラハブが慌てて右肩越しに振り返った瞬間、今度は左腕に痛みが走る。
(ま、また回り込まれただと!?)
ラハブが驚愕している間にも、彼の身体には次々と傷が増えていった。
ザンは完全にラハブの死角に潜み、その姿を捉えさせることもなく彼の身体を斬り刻んでゆく。
あまりにも一方的な攻めであった。
その技量たるや、人間達の間で達人と呼ばれるほどの剣士とて、足元にも及ばないのではなかろうか。
無論、それは100年以上も技術の研鑽を、彼女が重ねて来たが故の結果ではあろうが。
しかしラハブとて、このままなぶり殺しにされるのをただ待つほど、可愛げの有る存在ではない。
彼は未だザンの姿を捉えることはできていないが、それならば捉えられるようにすればいいだけのことだった。




