―黒き災厄―
ザンの疑問に闇竜は答える。
『何故、逃げなかった……か。
それは貴様と同様の事情が、このラハブにもあるからだ』
闇竜──ラハブの明朗な声が響く。
いや、それは「声」と呼んでも良いものなのだろうか?
それは自身の声帯を用いず、周囲の大気へ魔力で干渉して震動させることによって生み出した音であった。
恐ろしく高度な魔法技術が無ければ、自由に音を操ることなど不可能であるはずなのだが、竜はその高度な技術を「喋る」というごく当たり前の行為として使って見せた。
これはある種の示威的行為だと言えるだろう。
無論、竜であるラハブ本来の声が、人間には聞き取りにくいというのも事実ではあるが、それをわざわざ敵対する相手のレベルに合わせる辺りは、親切心というよりは明らかな挑発である。
しかしそんなことよりも、ラハブの言葉の内容の方がザンには気になった。
「私と……同じ……?」
『……クックック……。
よもやあの一族に生き残りがいようとは思わなんだが、大戦が既に終結しているにも関わらず、未だに我等を狩り続ける貴様の想い、このラハブにも分からぬではないぞ。
我等が王に一族を皆殺しにされた復讐か……。
だが、私とて貴様等に我等が王をはじめ、如何ほどの同朋を葬られたことか。
その仇を討つことが、逃げないことの理由にはならぬか?
つまり、私も貴様と戦う理由は同じだ、斬竜剣士よ』
「私と、同じ……!?」
先程と同じ言葉を繰り返しながら、ザンの顔は怒りに歪んだ。
「私と同じだと!?
私の怒りと絶望と憎しみがこめられたこの復讐が、貴様と同じだと!?
ふざけるなっ!
この想いもこの復讐も私だけのものだ。
あんたと同じ物であるはずがない!!」
『ふむ……気に入らぬかね?
では、言い換えよう。
貴様達は我々を倒す為に竜王が作った兵器だ。
貴様が戦うのは、それが己の存在意義であり、種としての本能だからだ。
復讐など関係無い。
そして、私が戦うのは、やはり我々も神々に兵器として作られたからだ。
戦うことが存在意義であり、種としての本能だ。
復讐など関係無い。
クックック……こちらの方が、より事実に近いかもしれぬな。
お互い戦う理由は同じなのだよ、斬竜剣士よ』
「黙れ……私の復讐を、その戯言でこれ以上汚すな……っ!」
ザンは剣を構えた。
しかしその剣は微かに震えていた。
いや、怒りによる興奮からか、彼女の全身が震えていた。
彼女は数日前も、ラハブの安い挑発に乗り、冷静さを失った。
その隙を突かれたあげく、ラハブの逃走を許している。
それは分かっているが、未熟で不安定な精神構造を持っている彼女には、感情のコントロールはまだ難しかった。
だがそれでも、前回はザンがギリギリのところまでラハブを追い詰めたのも、事実であった。
まともに戦り合えば、ラハブは再び逃走するしかなくなる。
いや、今度こそ完全な敗北を喫する可能性が高い。
もっともそれは、ザンに対して何の対抗策も講じていなければ──の話ではあるが。
『ククククク……。
先日はまさか斬竜剣士の生き残りがいようとは、思っていなかったのでな。
少々油断して醜態を晒してしまったが、今日は我等闇竜が竜種最強と呼ばれる所以を見せつけてくれようぞ』
「……?」
ザンは訝しげにらハブを見た。
ラハブは先程から殆ど動いてはいない。
しかし、微妙な違和感があった。
注意深く探れば、何処かに変化があるはずだ。
そうたとえば、ラハブの全身が心なしか──、
「……小さくなっているだと?」
そう、確かにラハブの身体は、小さくなっているように見えた。
周囲には比較対象に適した物が無いのでハッキリとは分からないが、ラハブの姿は最初に見た時の3分の2程度に縮んでいるように見える。
いや、まだまだ縮んでいっているようで、しかもその速度は加速している。
『元のままの身体では、少々細かい動きをするには向いていないのでな。
貴様に合わせて変えさせてもらおう』
ほどなくしてラハブは、元の10分の1程度にまでその身体を縮小させた。
体高にすれば2m程度で、しかもその全体的なフォルムは以前の蜥蜴的な物よりも人間に近い印象となっており、2本足で直立している。
もっとも人間に近いとはいっても、あくまで全体の印象がそうだというだけで、人間には似ても似つかないと言った方がいい。
どちらかと言えば、その細く長い手足や、黒光りして硬質感のある皮膚の特徴は、昆虫に近い印象がある。
「これが……闇竜か……!」
ザンは焦りの入り混じった表情を浮かべた。
明日は所用の為、更新はお休みします。




