表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/430

―斬竜剣―

 ようやくタイトル回収。

 ザンは顔をしかめつつ、口の中に入り込んだヴリトラの血を唾液とともに吐き出した。


「こりゃ、食えたもんじゃないな……」


 と、ザンは悪態をつくが、もう少しでそんなこともできなくなるところだった。

 事実、彼女は全身に重度の火傷を負っており、身体を濡らす血液が湯気を上げている。

 それほどの高熱の中に、彼女の身体は晒されたのだ。

 一歩間違えれば本当に骨も残ることなく、彼女は蒸発していただろう。


 だが、そうはならなかった。


 ザンは超高熱に満たされた空間を斬り裂き、そこを駆け抜けたのだから──。


 それは言葉にすれば単純だが、決して簡単なことではなかった。

 ザンは結界が破壊されるその瞬間、膨大な闘気を発しつつ、音速を超える速度で剣を振り抜いた。

 その斬撃は衝撃波を発生させ、軌道上にある全ての存在を――純然たる熱エネルギーのみで満たされた大気をもなぎ払ったのだ。

 

 それは空間その物を切り裂くも同然の、一撃であった。

 その結果、そこには真空の断層が生じる。


 ザンは迷わずそこに飛び込んだ。

 既に彼女の結界は破壊されており、その場に留まれば周囲を満たす超高熱が1秒とかからずに彼女を絶命させただろう。


 勿論真空の空間とて、人体にとっては致命的な破壊をもたらすものだが、それでも短時間であれば、超高熱の空間よりもまだマシだ。

 そもそもすぐに熱が流れ込んできて、その真空状態は長くもたない。

 

 だからザンは、その真空の中を高速で駆け抜けた。

 いや、駆け抜けたとはいっても、足場となる地面は既に溶岩と化し、一部は蒸発さえしている為、本当に疾走したという訳ではない。


 ザンは破壊されて消滅する寸前の結界を足場として、跳躍したのである。

 そして更に、飛翔用の魔法を用いて加速する。

 それは通常の大気の中ならば、空気抵抗の圧力によって無事では済まされない速度であったが、真空の中だからこそ、何の抵抗も無く突破することができた。

 

 それからザンが目指したのは、周囲で唯一ともいえる逃げ場所である。

 彼女はなにも、超高熱の大気だけを斬った訳ではない。

 ヴリトラの腹をも同時に斬り裂いており、そこへ彼女は突っ込んだのだ。


 自ら火炎息を吐いているヴリトラは、強靱な火炎耐性を持ち、その上で自らの周囲や体内の温度もコントロールしている。

 そうでなければいかに炎を操るヴリトラとて、おそらくは数万度に達しているかもしれない高熱の中で、生きていけるはずがない。

 まさにそここそが、生物が生存できる唯一の場所だったのである。

 

 無論、斬り裂かれた傷口からは熱が入り込んではくるが、ここでザンが結界を再び形成すれば、直炎を浴びている訳ではないので、耐えきれないほどではなかった。

 

 こうしてザンは、窮地を切り抜けたのである。

 彼女の能力が少しでも足りなければ、十中八九失敗していたであろう危険な賭けであった。

 だが彼女は諦めることなく、己を信じてやり遂げた。


 勿論、決して無傷とはいかなかったが、再生能力を持つザンならば大した問題ではない。

 むしろ体内でいくつもの臓器をザンに傷つけられたヴリトラの方が、ダメージは大きいことだろう。

 

「さて……どうする? 

 あんたはもう戦えない……ってことはないだろうけど、圧倒的に不利だよな。

 今のは最後の切り札だったんだろ? 

 それが私に通用しなかったってことは、事実上あんたが私に勝てる手段はもう無いってことだ……。

 

 だからといって、もう手加減はしないからね。

 今度は私も、切り札を使わせてもらう。

 あんたはそれに耐えて見せるか? 

 それとも父様の時のように──」


『クッ!』

 

 ザンの台詞がまだ終わらないうちに、ヴリトラは空へと飛び上がった。

 

「……逃げたか」

 

 ザンは嘆息するように呟きつつ剣を構え、独り言のような調子で更に言葉を続ける。

 

「でも、昨日言わなかったっけ? 

『明日で永遠にお別れだ』ってね。

 逃がすつもりは、無い!」

 

 ザンは意識を剣に集中させ、力強くその言葉を読み上げる。

 

「斬竜剣士ザンの名において命ずる。

 汝、我が呼びかけに応じ、その封じられし力を解き放て!」

 

 するとその言葉に反応して、剣からは凄まじい勢いで魔力と闘気が放出され始めた。

 今までザンが少しずつ剣に蓄積させていた力を、増幅して一気に撃ち出そうとしているのだ。

 

『ヒッ……ヒィ~っ!?』

 

 ヴリトラは情けなくも、恐怖の悲鳴をあげる。

 だが、それも当然だろう。

 今ザンの剣から感じられる力は、彼を消滅させるには十分過ぎるものであった。

 瞬間的にであれば、彼女の父に匹敵するであろう巨大な力だ。

 

 ヴリトラは全速力で飛んだ。

 たとえ彼が全力で結界を張ったとしても、ザンがこれから繰り出してくる攻撃は、その結界を紙のように容易く斬り裂いてしまうだろう。

 ならばここは、逃げるより他にとるべき手段は無い。

 

 全速力で飛ぶヴリトラとザンとの距離は、既に数百m以上開いていた。

 だが、それでも安全圏と言うには、距離がまだ足りない。

 もっと遠くへ、少なくともザンの視界から消えない限りは安心できなかった。

 

 ヴリトラは限界以上の力を振り絞って、更に飛行速度を上げる。

 いや、それでも不十分だと感じた彼は、転移魔法の準備を始めるが──、

 

 しかしザンは、それ以上ヴリトラに逃げる(いとま)を与えなかった。

 

「我が呼びかけし汝の名は――」

 

 ザンは放出される魔力の為に、紅く光り輝く剣を頭上高く振り上げ――、

 

斬竜剣(ドラゴンスレイヤー)!!」


 剣の名を叫ぶ。

 それが剣の力を一気に解放させるキーワードだった。

 

 そしてザンは大地へ叩きつけるように、斬竜剣を降り下ろした。

 そこから撃ち出された膨大な魔力と闘気が形成した刃は、衝撃波を伴いながら1千m近くに亘って大地を斬り裂き、その力はヴリトラがいる天空にまで及んだ。

 

『ヒィィィィィィィ――――っガッ!?』

 

 ヴリトラのその悲鳴の末尾は、短い断末魔の叫びへと変えられる。

 彼の巨体は斬竜剣の刃によって中心から真っ二つに斬り裂かれ、その一瞬後には衝撃波が2つに分かれた身体を更に細かく引き裂いた。

 更にその衝撃は、彼の体内に蓄積されていた炎の精霊力の誘爆を引き起こす。

 

 轟音を上げながら空中で四散していく巨竜の姿を、ザンは無言で眺め続けていた。

 そういえば、この作品の最初のバージョンは漫画だったのだけど、それではブロッザムが斬竜剣で斬られていましたっけ。

 そして、その漫画版でのザンの性別は男で、名前もその時の名残です。性別を変えたら設定が膨らんだけど、これは『神殺しの聖者』のイヴリエースでも見られた現象ですな。女主人公じゃないと筆が乗らないという病を患っているのかもしれない……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ