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―初 心―

 ザンは攻撃が撃ち出された方向へと進んでいく。

 その先に彼女が倒すべき敵が待ちかまえていることは、間違いなかった。

 一歩進む毎に巨大な圧迫感が、彼女を襲っていたからだ。

 

 それはあまりにも巨大な気配であった。

 常人ならば触れるだけで恐慌をきたすような、圧倒的な力の波動──しかしそれは、先程から微動だにしようとせず、挑発するかのようにザンへと圧迫感を向けている。

 

(……何故?)

 

 ザンの脳裡に疑問がよぎる。

 傷付いた身体を癒やし終えた(ドラゴン)が逃げようと思えば、それは容易にできたはずだ。

 そして一度(ひとたび)逃げ切ることができれば、おそらく再び彼女に発見されるまでには最低でも数年の猶予が与えられ、当分の間は何者にも脅かされずに済む日々が竜には約束される。

 

 そう、その気になれば星の裏側にまで短時間で移動することが可能な竜を追跡することは、たとえ同じ竜種だとしても容易ではないのだ。

 それだけ世界は広く、無限に近い逃げ場がある。

 

 しかし、竜は逃げようとはしなかった。

 数日前はザンに倒されかけたにも関わらず、逃げるどころかわざわざ彼女の前に舞い戻ってきた。

 

(何故だ?)

 

 それがザンには分からない。

 だが、好都合ではあった。

 これで何も打つ手も無く竜に逃走されるという、最悪の事態だけは避けられる。

 しかし好都合ではあっても、()せぬことが多すぎる。

 

 ザンが暫く進むと、土埃(つちぼこり)の向こうに小高い丘が見えてきた。

 いや、それは確かに丘ではあったが、さほど高くはない。

 ただ、その上にあまりにも巨大な存在が(うずくま)っていたから、小高く見える。

 

 その存在は蜥蜴(とかげ)に近い姿をしていた。

 しかし全長が30mにも及ぶような、常識外れの巨体を誇る蜥蜴など存在しない。

 いや、蜥蜴に限らず、そのような巨体で地上を活動する生物など通常は有り得ない。

 本来ならばその巨体に見合う重量は、この星の重力下においては四肢で支えることすら不可能に近い。

 これが普通の生物ならば、立ち上がることさえも困難だろう。

 

 それにも関わらずその存在は、背に巨大な二対の翼を備えていた。

 つまりは立ち上がるどころか、空を飛翔することすらも可能だということだ。

 その存在は、生物の常識どころか物理的な常識さえも、完全に無視していると言える。だがだからこそそれは竜であり、生ける神々と称されるのだ。

 

 しかもその影に包まれたような色合いの皮膚は、この存在が竜という種の中でも事実上最強の戦闘能力を持つと(うた)われる種族、「闇竜(ダークネスドラゴン)」であることを示していた。

 闇竜は比較的新しい種族だ。

 竜種の中には「火炎竜(ファイアードラゴン)」もしくは「赤竜(レッドドラゴン)」と呼ばれる種族が存在し、彼らは非常に高い戦闘能力と竜種随一とも言われる獰猛な性質を持っている。


 その火炎竜がかつての邪竜大戦時において、より高い戦闘能力に特化する為に自らの肉体へと魔法による改造を施し、その結果誕生したのが闇竜族の始まりである。

 後に他の竜種からも真似て闇竜化した者もいるが、彼らの個体数は多くはない。

 が、間違いなくこの世において、最強最悪の種族だと断言してもいい。


 そしてかつての竜達の戦争──「邪竜大戦」の「邪竜」とは、この闇竜族を指していると言っても過言ではない。

 彼らは邪竜の支配者階級であり、象徴のような存在なのだ。

 そんな彼らによって世界は壊滅的な損害を被り、だからこの世界に生きる大多数の者にとって、彼らは最も憎むべき絶対悪であり、そして最も恐怖すべき対象だった。

 

 だが、ザンはその闇竜に臆する様子も見せず、それどころか怒りに満ちた表情で闇竜の巨体を仰ぎ見た。

 

「……何故逃げなかった?」

 

 ザンは闇竜に問う。

 しかし心の内でのその問いは、言葉にした物とは少々異なった。

 それはむしろ希望を裏切られた(なげ)きに近い。

 

(何故逃げてくれなかった……?)


 ──と。

 

 そう、もしこの闇竜がただ逃走することに全力を傾けていれば、サントハムの村はこれほどの損害を被ることは無かったであろうし、ザンはハンナの父を斬ることも無かったかもしれない。

 

 しかし闇竜は逃げないどころか、ハンナの父を自らの分身と化して操り、村人を虐殺した。

 そしてその対処に当たったザンの隙をついて息攻撃を撃ち込み、村にトドメまで刺したのだ。

 

 もしも闇竜が素直に逃走してさえいれば、この村の被害は行方不明になった人間だけで済んだ可能性が高い。

 無論、別の土地で村や町が襲われるであろうことに変わりはないが、少なくともザンがハンナにあれほど激しく(ののし)られるような事態にはならなかったはずだ。

 

 そう思うとザンは悔しくて仕方がなかった。

 一体邪竜は自分からどれだけ希望を奪い、そして絶望させるつもりなのだろうか。

 当然その疑問の答えは何者にも答えられないだろう。

 だが、答えを得られぬそのもどかしさは、彼女を突き動かす怒りの炎を燃やす(かて)となった。

 

(……いや、いっそ清々(すがすが)しい)

 

 と、ザンは思う。

 彼女はこの百数十年の間、怒りと憎しみの炎をその心の内から絶やしたことはない。

 だが、久々に初心を思い出したような気分だった。

 かつて自分から全てを奪い去った邪竜への憎しみと怒り──その感情は彼女が幼かったが(ゆえ)に純粋であり、単純でもあり、しかしだからこそ何の迷いも無く、そして力強かった。

 それが今、彼女の内に(よみがえ)り、戦う為の力として昇華されていく。

 

 ザンは今にも斬りかからんとばかりに、激しい感情を闇竜へと叩きつけていた。

 だが、そんな彼女の気勢は揺らぐこととなる。

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