―割り切れぬ想い―
ザンは既に100年以上生きている──。
それはハンナに取って、信じがたい話であった。
ただ、ザンの人間離れした力の数々を目の当たりにした後だと、納得せざるを得ない部分もあるし、彼女の何処か子供じみた雰囲気も、もしかしたらこれまでの辛い人生が心の成長を阻害したからなのではないか──と、察することもできる。
「あいつはそんな独りきりで生きる辛さが、嫌と言うほど分かっているんだ。
そして同じような生き方を、あんたの父親にもさせたくなかったはずだ。
だから泣く泣く斬った」
「……だけど」
確かにファーブの言葉が全て事実なのだとしたら、ハンナもザンに同情すべき部分があるとは思うし、半分人間でありながら「化け物」と呼ばれた彼女の心情を想うと、少し罪悪感もある。
それに彼女がハンナの父を斬ったことも、もしかしたら感謝すべきことなのかもしれないと、心の隅では分かっていた。
しかしこの村の惨状を目の前にすると、そう簡単に感情で割り切れるものではなかった。
「だけどっ、私は全部奪われたものっ!
何も残っていないものっ!!
あの娘も竜も大っ嫌いっ!!」
「……今はそれでもいいさ。
だけど、いつかは理解してもらえると嬉しい。
ただ忌み嫌われているだけじゃ、やっぱり悲しいからな……」
その時、急にハンナの頭が軽くなった。
「そもそも、あんたも全部失った訳じゃないだろう?
あいつと違って、あんたは命がある――ただそれだけで人間として生きていけるんだ。
人間として生きていけるのなら、無くしたものだって取り戻せることもあるさ。
まだ全部を失ったと決めつけるのは、早過ぎる」
ハンナからファーブの声が遠ざかっていく。
彼女が声のした方を見てみると、何か白くて丸い物体が地面から数mほど高く浮かんでいた。
そしてその物体は、先程ザンが歩いていった方へと進んでいく。
「それに……一応、あんたの幼馴染みの手当はしておいた。
命に別状は無いだろう……」
ファーブはそう言い残して、やがて遠くの煙の中に消えていった。
「……っ!!」
ハンナは慌てて周囲を見渡した。
すると、瓦礫の影に倒れているカミユの姿を発見する。
「カミユっ!?」
ハンナはカミユに駆け寄り、そして呼び掛けてみた。
すると彼は、
「逃げろぉ……ハンナぁ……」
と、寝言を呻いていた。
どうやら致命的な怪我は無いようだ。
いや、あのファーブとかいう謎の物体の手当を受けたからこそなのかもしれないが、とにかく無事だった。
「よ、よかった……」
ハンナの目から涙が溢れ出す。
そして彼女は、幼馴染みの胸にすがるようにして泣いた。
確かに彼女は、沢山の物を一瞬にして奪われた。
そのことに対しての怒りや悲しみはある。
しかし彼女は、本当にまだ全てを失った訳ではなかった。
村は破壊されたけれど、生き残った人々が村を復興させるだろう。
大切な家族を失ったけれど、いずれ家族が増えることもあるだろう。
沢山の人が死んだけれど、新たに生まれてくる命もあるだろう。
結局生きてさえいれば、全く取り返しがつかないことなんて、それほど多くはないのだ。
その確信を得られたことが、ハンナには嬉しい。
嬉しくて嬉しくて、涙が止まらなかった。
ザン達に対しては言いたいことは山ほどあるが、カミユを助けてくれたことに関してだけは純粋に感謝してもいいとハンナは思った。
だから次にザンとファーブに会った時には、礼を言おうと思う。
いや、まずは謝るのが先か。
「もう……やっぱりあの娘のこと、嫌いになり切れないじゃないのよぉ……」
複雑な感情を抱えたまま、ハンナは泣き続けた。




