―擁 護―
(……な、泣いているの?
でも、顔はあんなに平然と……ううん、そういえば、あの顔……)
ザンの表情の無い顔──それは昨晩の夕食時に、彼女が見せたものと同じだった。
ハンナにはその無表情の正体が、分かってきたような気がする。
だが、ハンナがその答えを得る前に、ザンは彼女に背を向けて歩き出した。
「な、何処へ行くのよっ!?」
「……竜を倒します。
村は守れなかったけど、だからせめてこれだけは、必ず果たします……」
震える声を残して遠ざかるザンの姿を、ハンナはどうすることもできずに見送るしかなかった。
もうなにをどうすればいいかなんて、全く分からない。
ザンのあの泣きそうな声を聞いた後では、怒りにまかせて石を投げつけることも躊躇われた。
しかしだからといって、ザンのことを簡単に許せるものではない。
ハンナのすぐ側には、ザンによって殺された父の遺体が転がっているのだから──。
「……どうすればいいのよ、もうっ!!」
ハンナは悪態をついて、地面に石を投げ付ける。
その時──、
ズシ……と、ハンナの頭が急に重くなる。
「な、なに……!?」
見上げてみると、何か白くて丸い物体が頭に載っているらしいことが分かる。
だが、それが具体的になんなのかは、物体の全体像を見ることができないハンナに分かるはずもなかった。
「まあ……随分と手厳しく、あいつを責め立てたな……」
頭上から若い男の声が聞こえてきた。
それは何処か呆れたような響きがある。
「な、何? 誰っ?」
「俺はザンの相棒の、ファーブっていう者だけどさ」
「何? 私の頭の上に何を載せているのっ!?
これで私があの子に対して言い過ぎたことの、報復するつもりなの?
私は本当のことを──」
そうハンナが抗議しようとすると、それはファーブの声に阻まれた。
「うん、まあそれはそうなんだろうけどさ……」
と、何かを諦めたような声音──。
「確かに今回のことでは、この村にもあんたにも色々悪いことをしたとは思う。
これは全部俺達の落ち度だし、今のあんたの身の上にも同情はする。
でも、一応俺はあいつの身内だから、少しは庇ってやりたいんだよな」
「私にあの娘を許せ……とでも言うの?」
「いや、今はそんな都合の良いことなんか言えない。
あんたが怒るのも、恨むのも当然さ。
だけどいつかは、あいつのことを分かってやって欲しいんだ。
あいつだって竜によって、親や一族を奪われているんだ。
そんな奴が他人とはいえ、人の親の命を奪うことを好き好んでやっているなんて、あんたも本気で思っている訳でもないだろう?」
「そ、それは……。
で、でもあの子は平気な顔で……」
「平気なんかじゃない。
ただあいつは、親を失った精神的ショックで、泣けなくなっただけだ。
だからあいつは、泣きたい時にはああいう顔をするしかないんだ」
「…………!!」
ファーブの言葉で、ハンナはようやくザンの表情の無い顔の正体を知る。
いや、少し前から、なんとなく分かりかけていた。
やはりあの無表情は彼女にとっての、泣き顔だったのだ。
そして彼女は泣きながらハンナの父を斬った。
それがどれほど苦渋の選択だったのか、今なら少し分かるような気がする。
しかしだからといって、同情していいものなのだろうか。
「……でも、だけど、あの娘は私のお父さんを殺したわ!!」
その事実は変わらない。
「だがあいつが言っていた通り、このまま生かしておいても、人として生きてはいけないんだ。
その辛さは、ザンが1番分かっているだろうからな。
……あんたが言った通り、俺達は化け物だよ。
たとえあいつが半分人間の血を引いていても、今の人間の世界には居場所なんか無いさ」
「あ……」
ハンナは思い出す。
昨晩ザンは、一族の中で迫害を受けていたことを語っていた。
その一族とはおそらく人間ではないのだろう。
その一族の中でさえ、ザンは親元以外には居場所が無かったらしい。
そんな彼女が人間社会の中に居場所を作ることが、どれだけ困難なことなのかはハンナにも分かる。
決して不可能ではないだろうが、おそらく相当な根気と労力が必要だろう。
そもそも両親の命を竜に奪われ、一族の中で迫害されていたというザンには、自分の居場所を作るなんて前向きな意志を持つことさえ難しかったはずだ。
「だからあいつは、化け物として生きる道に逃げるしかなかったんだろうな。
竜と戦うだけの化け物としてな。
そしてそれを、もう100年以上続けている」
「……!?」
ハンナはファーブの言葉に耳を疑った。
自分より年下の少女にしか見えないザンが、既に100年以上生きており、しかもその年月の大半を竜と戦う為だけに費やしているなんて話は、俄に信じることはできなかった。




