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―捜 索―

 夜が明けて陽の光が温かく大地を照らすが、光の当たらない影の中では、冷たい空気が未だに漂《ただ》っている。

 ザンが吐いた息は、少しだけ白く染まっていた。

 

 日の出と共に目覚めたザンは、すぐにハンナの家を出た。

 結局睡眠時間は2時間足らずだったが、それでも彼女が全く疲れを感じさせないのは、驚異的な体力の持ち主だと言える。 

 一方、ザンの夜更かしに付き合ったハンナは、さすがにまだ眠っているようだ。

 

 ザンが向かうのは、サントハム村の北に位置する山岳地帯だ。

 ハンナの父はここに狩りをしに入って──彼は狩猟によって生計を立てている──そのまま行方不明になっていた。

 

 そして彼を捜索しに行った者達の中から、更に4名もの人間が姿を消したという。

 異常な事態であった。

 その行方不明者が出た辺りは、一言で言えば岩山であり、樹木が少なくて見通しがいい。

 これが真冬で吹雪に襲われたというのならば遭難も有り得るが、雪のない春のこの季節では道に迷うことは殆ど考えられない。

 有り得るとすれば崖への滑落などの事故の(たぐ)いであるが、果たして累計5名もの人間が連続して事故に遭うなんて偶然が、そう簡単に起こり得るだろうか。

 

 これはもう何者かの意志が、関与していると考えた方が自然であった。

 そしてその何者かは、言うまでもなくザンが追う(ドラゴン)であろう。

 

(今度こそ()がさない……!)

 

 相手は数日前に逃走こそ許したが、ザンにとっては決して勝てない相手ではない。

 ただ問題なのは、飛行能力を持ち、更には魔法によって空間転移すらも可能としている相手が本気になって逃走を試みた場合、それを追うことは非常に困難だということだ。

 前回もそれで逃げられた。

 

 だから相手に逃げる暇も与えずに、短期決戦に持ち込むことが肝要だ。

 それができなければ、また食い尽くされたブランカの町のように、凄まじい数の犠牲者を出しかねない。

 それだけは絶対に阻止しなければならなかった。

 しかし現時点では、竜の居場所を特定するまでには至っていない。

 

「……ファーブ、どうだ? 

 奴の居場所は分かるか?」

 

 ザンは連れの者に語りかける。

 だが、彼女の周囲には人影はない。

 

 ……人影はないが、白くて丸い物体が彼女の近くを漂っていた。

 直径は50cmほどで、一見風船が浮いているようにも見える。

 しかし円の中心には更に小さな円があり、その中に縦長の線が見えた。

 

 それをたとえるなら眼球に近い。

 いや、その非常識なサイズと、瞳が金色で瞳孔が縦長だということを除けば、まさにそれは眼球そのものの形をしている。

 不思議なことにそれが、空中に浮いているのだ。

 

 そして更にその物体は驚くべきことに、

 

「いや、まだ」

 

 と、答えを返した。

 しかも若い男の声だ。

 ザンが呼んだファーブとは、この物体のことである。

 

 ザンはこのファーブを連れ立って山に入った。

 いや、実は彼女がサントハム村に入った時にも、ずーっとファーブは彼女の側にいた。

 ただ、魔法で姿を消していただけである。 

 それだけに彼は、ことの成り行きを一部始終見聞きしており、全てを理解している。

 

「結構捜索範囲が広いからな。

 もうちょっとかかるな」

 

「……しっかりしてくれよ。

 そろそろ捜し始めて、5時間くらい経つぞ。

 一刻も早く見つけないとまた逃げられる。

 それにできればハンナさんのお父さん達の遺体を回収したいから、それが何処にあるかということにも気を配ってくれ」

 

「まあ、そう焦るなよ。

 村の周囲では感じられなかった奴の気配が、ここでは感じられるからな。

 まだ何kmか離れているだろうけど、確実にこの辺に潜んでいるのは間違いないんだ。

 だが、下手に動いて相手に俺達のことを感づかれたら、また逃げられる。

 慎重にいくさ。

 遺体の方は……まず残っているかどうかの方が問題だな」

 

「とにかく急げ」

 

「人の話を聞いてないな、おい……。

 ま、お前が俺に頼るなんてことは珍しいから、頑張ってはやるけどさ。

 その代わり、俺の有用性を認めてくれよな。

 一応、相棒なんだからさぁ」

 

「……誰が相棒だ誰が。

 元敵が調子に乗るな」

 

 ザンは酷く不快げに、フンと鼻を鳴らした。

 

「酷ぇ……人をこき使っておいて、なんだその態度。

 あの(ハンナ)といる時と、全然態度が違うじゃん」

 

 ファーブとは脱力したように、ヒョロヒョロと高度を下げる。

 が、すぐに気を取り直したのかまた元の高さに浮かび上がってきた。

 

「でも、まあ……上手くいくといいよな」

 

「……うん」

 

 ザンはここだけは素直に頷いた。

 どうやらハンナの母性的な雰囲気が、亡くした彼女の母のことを思い出させるらしく、一生懸命に好かれようとしているようだ。

 

 そんなザンを見てファーブは、クリクリと眼球を上下に縦回転させた。

 どうやら感慨深げに(うなづ)いているつもりらしい。

 

 ファーブとザンの付き合いは長い。

 なにせザンが初めて倒した敵がファーブだったのだから、ザンの戦士としての年月(イコール)2人が付き合ってきた年月でもある。

 彼はザンに敗れて以来、諸々の事情を知ってザンのことが気に入ったので、彼女のサポート役をすることにした。

 

 しかし当初、ファーブはザンからかなり嫌われていた。

 まあ、元々は敵同士だった訳だし、その目玉そのものという不気味な容貌の所為もあるのかもしれないが、ザンは彼に全く馴染もうとせず、殆ど会話をしようとさえしなかった。

 

 その頃から比べれば、今のように憎まれ口だとしても会話をしてくれるだけでも、嬉しいものだとファーブは思っている。

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