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―甘 え―

「…………」

 

 ザンはハンナの家の玄関先で、積んであった薪の1つを椅子代わりにして座っていた。

 そして過去に想いを馳せながら、星空を(なが)めている。

 無用な感傷だとは思ったが、自然と溢れ出る記憶を止めることは難しい。

 

 ザンはたまに思うことがある。

 もしもあの時ウサギを死なせることがなかったとしたら、自分はどうなっていたのだろうか──と。

 もしかしたらウサギと一緒に過ごす暮らしの中で、自分は違う生き方を見つけることができたのではなかろうか──そんなことを彼女は思うのだ。

 

 ザンは復讐の戦いを始めてから、戦って、戦って、戦い抜いた。

 だけど(いま)だに戦いの果てに何も見えてこない今の生き方に、疑問を感じてもいる。


 それにいつの間にか、以前は作ることができなかった顔の表情が作れるようになっていた。

 まだまだぎこちなく、一部の表情については全く作ることができない物もあるが、それでもかつては必要無いと思い、自ら捨てた物が元に戻りつつある。

 もしかしたらそれは、心の奥底で無意識に違う生き方を欲した結果なのかもしれない。

 

 しかし、ザンには選べる道はそう多くない。

 少なくとも彼女はそう信じている

 

(こんな中途半端な存在の私に、居場所なんか世界中の何処にもあるはずがないのだから……)

 

 かつて異分子として、故郷の人々に受け入れられることがなかったザンには、そんな想いが未だに強い。

 そしてそれは、たぶん事実でもあった。

 彼女は何をどうしたいのかもよく分からないまま、呆然と夜空を眺めていた。

 

 それから暫くして──、

 

「なにか用、ハンナさん?」

 

 ザンは振り向きもせず、背後に語りかけた。

 人がいるのは気配で分かっていた。

 

「よ、よく気付いたわね……」

 

「……これでも戦士の端くれですから」

 

 ザンの背後には、寝衣(パジャマ)姿のハンナがいた。

 それほど大胆なデザインの寝衣ではないのだが、生地が薄いのか身体の線──特に胸元が強調されていて、普段着の時よりも色気が格段にあがっているよう見える。

 

 そんな彼女の姿を男性が()の当たりにすれば、自制心を働かせることにはかなり苦労するかもしれない。

 だから彼女が1人で暮らしている現状を心配するカミユの気持ちも、当然と言えば当然である。

 父親がいないのをいいことに、彼女に夜這いをかけようと思う者がいても、不思議ではないのだから──。

 

「あなたがいないから捜しに来たのだけど……。

 こんな寒いところでなにやっているのよ。

 眠れないの?」

 

 ハンナはそう問うたが、「眠るつもりがないの?」と聞いた方が正しいのではないかという気もした。

 実際ザンは就寝の際、鎧こそ外しはしたが全身を覆う黒いスーツを脱ごうとはしなかった。

 

 ハンナはその恰好のままでは寝苦しいのではないか?──と、疑問に思ったのだが、ザンは「これは防刃仕様なのでいざという時の為に脱ぎたくない」と答えた。

 常に危険の中で生きてきた戦士ならば、そのような用心深さはむしろ当然のことなのかもしれない。

 そうでなければ生き抜くことは、難しいのだろう。

 

 しかし同時に、眠るつもりがなかったからスーツを脱ぐ必要もなかったのではないか──ともハンナは思う。

 実際、ザンは一度ベッドに入ったものの、ハンナが寝入った頃合いを見計らって抜け出してきたことは、殆ど乱れのないシーツの状態から見ても分かった。

 

「……うん。

 どうも夢見が悪くてすぐうなされるから、眠るのは苦手なんだ……。

 だからいつも必要最低限の時間しか、眠らないことにしているんだけど……。

 暇だったから星でも見ながら考えことをしていた……」

 

「夢見が悪い……?」

 

「両親が死んだ時のとか、ろくでもないのばかり……」

 

「そう……」

 

 ザンの言葉にハンナはうつむいた。

 彼女も随分と前に、母を病気で亡くしている。

 それ以来、父が男手一つでハンナを育ててきたのだが、その父も行方不明となり、しかも生存は絶望視されている。

 それらは悲しい出来事だけれど、ザンのように悪夢にうなされるほどのものではない。

 むしろ夢の中でなら両親に会うこともできるので、夢はハンナにとって大きな(なぐさ)めになることもあるくらいだ。

 

 だがザンが両親と死別した時の状況は、どうやらかなり凄惨なものだったらしい。

 実際のところ、ザンが竜を復讐の相手として付け狙っていることからも、彼女の両親の死が単なる病気や事故ではないことだけは間違いない。

 それが彼女にとっての、大きな精神的外傷となっているようだった。

 そうでなければ必要最低限の睡眠以外を拒否しなければならないほど、頻繁に悪夢となって悩ませられたりすることはないだろう。

 

「……ともかく家に入りましょう。

 風邪をひいたら大変だし。

 それに眠れないのなら、私が話し相手になってあげるわよ……」

 

 そんなハンナの言葉に、ザンは振り向きもせず答えた。

 

「……明日、私は全力を尽くしますね」

 

「え、何? 

 いきなり改まって……?」

 

「……ハンナさんは私に優しくしてくれたし、この村に厄介ことを持ち込んだのも私ですから……。

 復讐とかじゃなくて、お礼とお詫びの為に──あなた達を守る為に全力で戦ってみたいと思ったんです」

 

「優しく……って、こんなの普通じゃない」

 

「そうでもないです。

 私が生まれた里で、私は『半分』って呼ばれていたから……」

 

「「半分」……?」

 

「母が一族とは違う民族の出だったので……。

 一族の血が半分しか流れていないから『半分』です。

 そこでは私、1人の人間として扱われていなかったんですよ。

 私に優しくしてくれるのは、殆ど両親だけだった……。

 だから普通に接してくれるだけでも、凄く嬉しいんです」

 

「そうなの……」

 

 どうやらザンの幼少時代は、人種的な差別を受けながらの苦しいものであったようだ。

 確かに彼女のような銀髪と(あか)い瞳という常人離れした容姿の持ち主は、迫害の対象にはなりやすいのかもしれない。


 特に辺境などで独自の文化を築いているような少数民族は、異種族の血を嫌うことが多い。

 そしてそんな風に周囲から孤立した状況の中、唯一の心の支えであったであろう両親を(ドラゴン)によって理不尽に奪われたのだとしたら、ザンのその悲しみと絶望は想像を絶するものがある。

 

 それにザン自身には自覚が無いのかもしれないが、まるで同情をひこうとでも言うかのように、悲しい身の上話をポロポロとハンナに話していること自体、彼女がかなり愛情に飢えていることの証明なのではないだろうか。

 そう、ザンは今、ハンナに甘えているのだ。

 その見た目よりも、彼女の精神はずっと幼いのかもしれない。

 

「それにお父さんのことも、よく捜してみますね。

 現状じゃあまり迂闊なことは言えないけど……できるだけのことはやってみます」

 

 ハンナはつい背後から、ザンを抱きしめてやりたくなった。

 健気(けなげ)な彼女の言葉を聞くと、「いい娘だな」とは思う。

 しかし彼女が持ち込んだ災い()の所為で、父が犠牲になったのかもしれないと思うと、素直に行動することはできなかった。

 

 結局ハンナにできるのは、中立的な対応までだ。

 

「……ええ、そうしてもらえるとありがたいわ。

 お願いね」

 

「うん、任せてください」

 

 まだ背を向けたままのザンの表情は、ハンナには分からなかった。

 しかし彼女の声が心なしか、明るく弾んでいることだけは分かる。

 今回の事件を上手く片づけることができれば、復讐しか無い今の生き方を少し変えられるのではないか――ザンはそんな希望を抱いていた。

 

 この時はまだ、そう思っていた……。

 明日は通院の為、お休みします。

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