―彼女の安否―
「あ……?」
ルーフが目を開けてみると、辺りの景色は歪んでいた。
彼は一瞬、あまりにも眩しい閃光によって、目がおかしくなっしまったのかと思ったが、すぐに高熱の所為で大気が揺らいでいるからなのだということに思いあたった。
そんな彼の周囲は、整地されたかのように何も無い。
ヴリトラの火炎息によって焼き尽くされ、焼け残った物も爆風によって吹き飛ばされてしまったのだろう。
そんなルーフの数百mほど前方には、ヴリトラの姿が見えた。
先ほどまでは数十m程度しか離れていなかったはずなのだが、どうやらファーブの言葉通り、結界ごと弾き飛ばされたらしい。
確かに物凄い衝撃を感じたのを覚えている。
「い……生きている?」
「今のところはな……」
ルーフの独り言に、抱き抱えられていたファーブが律儀に答える。
何やらその声には、疲労感が含まれているのが感じ取れた。
「今のところは……?」
「ああ……今し方の奴の攻撃で、結界を維持する為にかなりの魔力を使ってしまったからな……。
魔力が切れて結界が無くなったら、丸焼きになるかもな……」
「ええっ!?」
ファーブの言葉に、ルーフはぎょっとする。
だが、確かに結界の外では地面がまだ紅く燃えており、相当な熱を帯びていることは疑いようも無いし、大気もかなりの高温となっていることだろう。
まるでこの土地全体が、巨大な鉄板焼きと化しているようなものだ。
「結界はまだ暫くもつだろうけど、先に結界内の酸素が無くなるかもしれないのが問題だな。
今は熱が入り込んでくるかもしれないから、外気も完全に遮断しているし」
「そ、そんなあっ!?」
ルーフが狼狽しきった声を上げた。
残された道は焼け死ぬか、窒息死するか、あるいは窒息したあげくに焼け死ぬか、ということになるのだろうか。
どれを選択してもろくな末路ではない。
できれば……と言うか、絶対に遠慮願いたい。
「まあ、そんなに心配するな。
本気でヤバくなってきたら、転移魔法使って脱出するからさ」
「そっか……って、何でさっきそれを使わなかったんですかぁ~!?」
一瞬安堵しかけたルーフであったが、最初から転移で遠くに脱出していれば、こんな生命の危機に晒される必要は無かった。
そのことに気付いて、涙混じりに抗議する。
「仕方ないだろ。
さっきは使う暇がなかったんだよ。
あれは時間をかけないと、長距離は跳べないからな……。
……そんなことよりザンの姿が見当たらない……」
「えっ?」
ルーフはファーブの指摘によって初めて、肝心なことを忘れていたという事実に気がついた。
「そ、そうだ。
ザンさんはどうなったんだろ?」
ルーフが見たところ、ヴリトラの周囲には大気が揺らいでいる所為でハッキリとは確認できないが、ザンらしき人影は見当たらないようだ。
それならば自分達と同じように、彼女が何処かへ弾き飛ばされているのかもしれない──と、周囲を見回してみるが、やはり彼の視界の範囲内に人影は確認できない。
「も……もしかして……ザンさんは……死──」
ルーフが絶望的な結論を口に出そうとしたその時、ファーブが待ったをかける。
「ちょっと待て。
それにしては、ヴリトラの様子が変だ。
何故あそこから動こうとしないんだ?」
「そ、そう言えば……」
確かにヴリトラは、先ほどから微動だにしていないようだ。
もしもザンを倒しているのならば、この場から去るなり、生き残った町の住人を皆殺しにするなり、既になんらかの行動に移っていてもおかしくはないだろう。
勿論、全力攻撃の直後であるが故に、疲労を回復させているとも考えられるが、そうでなければ何か別に動けない理由があるということになる。
(一体どうしたんだろう……?)
と、ルーフが訝しんでいると、ヴリトラの身体がグラリと大きくよろめいた。
「!?」
「……どうやらザンの方が、有利なのかな……?」
ファーブはホッとしたように嘆息した。
『こ、こんなことが……』
ヴリトラの巨体は、大きくよろめく。
そんな彼の口からは大量の血液が溢れ、その腹には大きな傷跡が見受けられた。
だが、周囲に人影は見あたらなかった。
ただ未だに燃える大地があるのみだ。
この状況を見れば、ザンが最期の悪あがきとして、渾身の斬撃をヴリトラに撃ち込んだのではないか──と、推測はできる。
しかし所詮は悪あがきだ。
結界を破られたザンは、超高熱の火炎息によって、骨の欠片1つ残さずに蒸発してしまったのではないか。
結局、ヴリトラに大きなダメージは与えはしたものの、彼女はこの勝負に敗れたということになるのだろう。
否――、
不意にヴリトラの背中から、小さな瘤が生まれた。
『グッ……ガァア……!』
ヴリトラは苦悶した。
無理もない。
彼の背中に生じた瘤はより高く盛り上がり、ついには内側から皮膚を突き破って、紅い剣身が現れたのだから。
『ガアッ!』
紅い刀身は更に傷口を斬り広げ、そこから何者かが這い出てきた。
全身が血に染まっているものの、それでも頭部の銀髪は隠しきれない。
『ま……まさか……儂の体内に……逃げ込むとは……』
「不本意だが、ここしか無かったんでね。
……おかげで、あんたの汚い血でドロドロだ」




