―扱いの保留―
ザンは後ろめたいことがあるのか、思い口調で語り出す。
「……反論は……無い。
奴は私に追われてここに来た。
私が奴を取り逃がしたから……奴は私に負わされた傷を癒やす為のエネルギーを得る為に、町の人間を襲って喰った。
そしてたぶんこの村も狙っている。
全部私の所為だ。
……済まない」
「……全部事実なのね……。
それなら、竜を倒してこの村を救えるのは、あなただけということになるわね」
「勿論だ。
その為に今私はここにいる。
そして奴を倒す為には、情報がいるんだ」
と、ザンは真摯な視線をハンナに向けた。
すると彼女は溜め息混じりに答える。
「そういうことなら……協力してあげてもいいわ」
「……ありがとう」
ザンの顔に微かな笑顔が浮かんだ。
しかしそんな彼女を余所に、カミユはハンナの耳元で囁く。
「いいのか……?
ある意味お父さんの仇みたいなものなのかもしれないんだぞ、この娘は……」
「……それでも、この娘の言っていることが事実なら、この娘に頼るしか村が助かる方法はないでしょう。
それに……私じゃあ、この娘に復讐することはできても、竜はどうしようもないもの……。
この娘が本当に竜を倒してくれたのなら、お父さんの仇を討ってくれたと、感謝できるかもしれないし……それでもまだ許せないと思うかもしれない。
正直、今はどうしたいのかなんてよく分からないのよ」
実際ハンナには、父が竜に襲われて命を落としたのか、その確証が無い。
だからたとえこの凶事を呼び込んだのが本当にザンであったとしても、彼女に対してどんな態度を取ればいいのかなんて、まだ分からなかった。
それにザンの存在に関係無く、竜は人を襲う。
世界規模で見れば、竜に襲われて滅びた村や町の話は年に数件は必ずあるのだ。
これまではその被害の中にこの村がたまたま含まれていなかっただけで、竜の襲撃はいずれは必ず起こり得る惨事であったのだろう。
結局は遅いか早いかの違いでしかない。
むしろ村が助かる可能性が残されたこの状況での襲撃は、不幸中の幸いと言ってもいいのかもしれない。
結局、ハンナがザンに対してどのような立場を取るのか、それは全てが終わった後に考えるべきことなのだ。
それまでは普通に接しようと、彼女は思う。
「……取りあえず詳しい話は、夕食を食べながらゆっくりとしましょう。
今準備をするわ」
「え、あの……今すぐじゃ駄目なのか……?」
「今すぐ聞いて現場に行くの?
お父さんは山に入って、行方が分からなくなったのよ。
もう日が暮れるのに、今から山に入ったって夜道に迷うだけだわ。
それに……竜の襲撃があるとしたら、夜の方が有り得そうじゃない?
その時にあなたが村にいないと困るの。
だから今夜はうちに泊まって、動くのは明日にしなさい」
「お、おい、まだ正体もハッキリしない人間を泊めるのか?
それは危険だよ」
カミユは異を唱える。
確かに彼の言い分ももっともだが、それを本人の前で言うのは適切ではない。
あからさまに怪しい危険人物──まあ、概ね事実なのかもしれないが──扱いされたザンは、心なしかしょんぼりとしているように見えた。
無論カミユの発言も、ハンナのことを心配しているが故であることは、彼女にも分かっているが、その無神経さに彼女も少しムッとした。
そもそもザンが激高して暴れ出したら、どうしてくれる。
「でも、村に宿屋なんて無いでしょう。
ここに泊めるしかないじゃない」
「だ、だけど……。
あ、そうだ。じゃあ僕も泊まるよ。
それなら安全だ」
「……余計危険な気がするわ。
うら若い乙女が2人も居る家に泊まり込んで、何をしようというのよ?」
「うぐっ!」
ハンナの獣でも見るかのような視線を受けて、カミユは言葉に詰まった。
どうやら少しは下心があったようだ。
そして──、
「大体、もし私が危険人物だとして、私がその気になればあんたなんか1秒で捻れる。
役に立たない護衛ならいない方がマシだ」
「うぐぐっ!?」
更に先程危険人物扱いされた報復のつもりか、ザンの追い打ちが続く。
実際、テーブルを片手で軽々と持ち上げたザンの腕力ならば、本当に1秒で捻られそうなので、カミユは何も反論できなかった。
「そういう訳だから、まあ……夕食ぐらいはご馳走してやってもいいけど、カミユは適当な時間になったら帰ってね」
「……分かったよ」
「あなたも泊まるってことでいいわよね。
それにお腹も空いているでしょ?」
「……うん」
実際に空腹らしく、素直に返事をするザンをハンナは少し可愛いと思った。
「じゃあ、夕食の準備をするけれど、嫌いな物はある?」
「……野菜」
「……野菜?」
ハンナは思わず小首を傾げた。
あまりにも漠然としすぎていて、これでは何が嫌いなのか特定することは難しい。
まさか、ありとあらゆる野菜が苦手な訳でもないだろうに。
「うん、人参とか、ピーマンとか色々……」
だが、少し恥ずかしそうに──しかしそれでも申告するのは、余程嫌いな証拠なのだろう。
ザンのその言葉で、ハンナは彼女の好みを大体理解した。
(……要するに味覚が子供ってことなのかしら?)
ザンは傭兵みたいな恰好をしている割には、その内面はかなり可愛らしいのではないか──と、ハンナには思えた。
なんとなく放っておけないような、ついついいじり回したくなるような、そんな感じだ。
「じゃあ、普段野菜を食べていないみたいだから、野菜タップリの料理にして上げるわね」
ハンナの言葉に、ザンは「ええっ!?」と驚いたような顔になる。
それを見てハンナは、
(やっぱり嫌いになれないかな……この娘)
と、思った。
「プッ、冗談よ」
そして、軽く吹き出すのであった。
それから暫くして、一応カミユも交えての夕食が始まった。
そしてザンのあまり健啖ぶりに、ハンナとカミユは驚くこととなる。
彼女はおかわりを勧められると、それを全く拒否しなかった。
まるで底なしであるかのように、よそった料理はいくらでも彼女の胃に吸い込まれていった。
最終的には1人で5人前くらい平らげたのではなかろうか。
凄まじい食欲だった。
ただ、「この肉美味しい。なんの肉だ?」と尋ねたザンに、ハンナが「ウサギの肉よ」と答えた時の反応はかなり劇的だった。
ザンは急に口を動かすのをやめたのだ。
「ウサギも……嫌いだった?」
「昔……間違って殺しちゃって以来、ウサギだけはどうしても駄目だ……」
そう呟いたザンの顔からは、表情が無くなっていた。
ハンナが「嫌なら残してもいいのよ?」と聞くと、ザンは「そんなことしたら、この子の死が無駄になる……」そう言って、彼女は再びモソモソとゆっくり兎の肉を食べ始め、そして結局全部平らげてしまった。
その時のザンの顔には、終始表情が無かった。
ハンナには何故かそれが、悲しいのにそれが上手く表現できないような……そんな風に見えた。
それが印象深くて、後の彼女の記憶に延々と残っている。
明日は定休日です。




