―力の一端―
ハンナとカミユは、ザンの言葉を鵜呑みにすることはできなかった。
それだけ彼女の言葉は、常軌を逸している。
そもそも、竜と敵対すること自体が、狂気の沙汰だ。
だがそれでも、ザンは食い下がる。
「本当に竜と戦う術はあるんだ。
考えても見ろ、かつての邪竜大戦では、10年そこそこで対立する竜達の一方が壊滅に近い状態に追いつめられて決着した。
だけど不死身に近い強靱な肉体を誇る竜同士が戦って、そんなに簡単に決着がつくものか?
しかも一方が圧倒的大差をつけて。
それは、勝利した側に、決定的な切り札があったからだ」
「……大戦の決着の仕方なんて、私には詳しくは分からないけど、興味深い話ではあるわね。
でも、何故その切り札についてあなたが知っているのか、それがよく分からないわ」
「それは……」
ハンナの指摘にザンは口ごもった。
何か喋りたくないことがあるらしい。
「じゃあ、たとえばあなたが言う切り札を実際に見せて貰えるのなら、あなたの言うことも信じてあげてもいいのだけど……」
「……戦士が易々と、奥の手を見せるなんてことができる訳がない」
「……そう」
キッパリと答えるザンの目を見て、ハンナは「少し信じても良いかな」と思った。
ザンの目は真剣だったし、何となく戦士としての誇りのような物が感じられたような気がしたからだ。
それに実際のところ、戦士が己の手の内を見せびらかすのは自殺行為にも等しい。
いかに強力な武器であれ、高度な技であれ、それを研究すれば必ず攻略方法が見つかるものだ。
だからその研究に必要な情報を敵に与えない為にも、手の内をなるべく見せないように、日頃から心がけるのは戦士として当然である。
そうしなければ、戦闘の中で自らの命を危険に晒すことにもなりかねないのだから──。
だからといって、このままザンが欲している情報を与えて、その結果死なれても困る。
そんなハンナの内心を悟ったのか、
「……でも、これぐらいのことなら見せてやれる」
と、ザンはテーブルの端を右手で掴み、そしてそのまま水平に数十cmほど持ち上げてみせた。
「な……っ!?」
その光景に、ハンナとカミユは度肝を抜かれた。
ザンが持ち上げたテーブルは、木製の分厚い板を使用しているので20kg以上ある。
それを片手で持ち上げるだけならば、不可能とまでは言えないだろうが、普通は掴んだテーブルの反対側の方が下に傾く。
それを全く傾けないように水平に持ち上げるなんて真似は、桁外れに強い握力と腕力の他に、強靱な関節を持っていなければ不可能だ。
同じことを常人が無理して真似しようとすれば、もれなく脱臼やら靱帯損傷やらのろくでもない結果が持っていることだろう。
それを細腕の少女がやってのけたのだ。
これはザンに特別な力があると、2人に納得させるには充分なパフォーマンスだった。
「た、確かに勝ち目があるかどうかは分からないけど……竜と戦えそうね。
少なくとも普通の人間なら、力であなたに勝つことは難しいかも……」
ハンナの言葉を受けて、ザンの顔に複雑な表情が浮かぶ。
信じてもらえたことについては、嬉しいのだろう。
しかし──、
(普通の人間じゃない、みたいな言い方をされて、嬉しい女の子なんていないか……)
言葉に配慮が足りなかった──と、ハンナは少し反省した。
「そ、それよりもハンナ。
この娘が言っていることが事実なら、竜はこの娘に追われてこの土地に来たということにならないか?
だって、いままでこの付近に、いや、この国に竜が現れたなんて話は聞いたことがない。
それにさっき言っていたよな。
『関係なくない』とか『後味が悪い』とかって。
ブランカの町が竜に襲われたのは、自分の所為だって自覚があるんだよな!?
ハンナのお父さんが竜に襲われたのだって、この娘の所為ってこと──」
「カミユ!」
激昂しそうなカミユをハンナは制する。
「今はこの娘を責めても仕方がないでしょう……。
でも、反論はあるのかしら?」
ハンナに見つめられて、ザンはうつむいた。
 




