―復讐者―
ハンナは問う。
ザンの目的を──。
「そういえば……私のお父さんについて、聞きにきたのよね?
何が聞きたいの?」
「……いつどの辺りで行方不明になったのか……それをを聞きたい……」
ザンの答えは、いまいちその意図が分からないものだった。
それは赤の他人には、関係があるような情報ではないと言えよう。
「……それを聞いてどうするの?」
「……それが分かれば、今がどの辺りに竜が潜んでいるのかが分かるかもしれない」
確かにハンナの父親が竜に襲われ場所を特定できれば、竜の居場所を探す為の判断材料にはなるだろう。
竜の居場所が特定できれば、この村からの脱出経路を選定する上でも十分に役立つ。
しかしそれは、現場に直接出向いて足跡などの様々な要素を検証した上でないと、とても使い物になるような情報とはなり得ない。
だが、竜が出現するかもしれない場所に、直接出向くなど自殺行為だ。
しかしザンはそれを実行しようとしているように、見えた。
ハンナは少し責めるような視線を、ザンに向けながら問う。
「竜の居場所を知って、どうするの……?」
「…………」
ザンは答えない。
「どうやら危ないことを、しようとしているようね。
それじゃあ教えられないわ」
「それは困る」
ハンナの言葉に、ザンは即答した。
表情が薄い所為でさほど焦っているようには見えないが、その躊躇の無い返答が、彼女の内心を物語っている。
本当に困るのだろう。
そしてそれは、彼女の言葉を肯定しているも同然だ。
「やっぱり危ないことを、するつもりなのね……。
止められるから言えない……ってことなのかしら?」
ハンナの言葉に、ザンは少し渋面となってうつむいた。
どうやら図星のようである。
彼女は何か危険なことをしようとしている。
そしてそれは、かなり高い確率で命に関わることだろう。
それを見過ごすことは、ハンナにはできない。
(でも……分からないでもないかな)
何故ザンが竜の居場所を求めているのか、それは彼女の傭兵然とした風貌を見れば今のハンナにはなんとなく分かる。
もし、本当に自分の父親が、竜に襲われて命を落としたのだとしたら──そして、これから彼女が生まれ育った村をも、竜が滅ぼそうとしているのならば、ハンナは竜が憎い。
「……復讐を考えているの?」
ハンナの言葉に、ザンはバッと顔を上げてハンナを見る。
「……やっぱり」
「……何故分かる?」
「なんとなくあなたと私は、境遇が似ているかな、って思って」
「…………」
ザンの表情が、先程よりも強く渋面となった。
(私の方が……もっと……酷い)
なんとなくそう言いたげな表情だと、ハンナは思った。
たぶんそれは、そうなのだろうと彼女も思う。
こんな少女が傭兵のような恰好をして、竜を探し求めているだなんて、過去に余程のことがあったのだろう。
「でもだからといって、勝ち目のない復讐になんか協力できないわ。
このまま竜に復讐しに行ったって、返り討ちにあうだけでしょう?
それは自殺の手助けを、するようなものだもの。
そんなの嫌よ、私は」
「勝ち目ならある」
しかし、ザンはやや語気を強めて反論する。
「嘘だろ……?」
カミユが胡散臭そうに言うが、ザンの表情は間違いなく本気だった。
普段は表情が希薄なのに、この時ばかりは、強い意志が感じられた。
それを見たカミユは、彼女が詐欺師か何かなのではないかという認識を、改めることにした。
現状でも彼女が有りもしない竜の脅威を叫び、その脅威を取り除くことを自作自演して報酬を要求するとか、住民を避難させてから残った家々に入り込んで金品を盗むという犯罪行為を働く疑念は残るが、ブランカの町の方から人が来ないという事実がある以上、実際に竜の襲撃があった可能性は高い。
その上で彼女の目は、本気で竜に勝てると信じているという目をしている。
(精神に何か病を、抱えているのかもしれないな……)
カミユはそう思う。
ザンの表情の乏しさから鑑みても、少なからず当たっている部分があるのではなかろうか。
おそらくハンナも似たようなことを、感じているだろう。
「私は……私なら竜と戦える。
奴らを倒せる」
「さすがにそれは信じられない……わね」
「ああ……」
ハンナとカミユは、正気を疑うような発言を繰り返すザンへと、哀れみの視線を送った。
 




