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―意志持つ天災―

「どうしろって言うんだ……」

 

 カミユは頭を抱えてテーブルに突っ伏した。

 当然だ。

 ザンの言葉通り、(ドラゴン)の襲撃によってブランカの町が滅び、更にこのサントハムの村をも竜が狙っているのが本当ならば、それは事実上の村人全員への死刑宣告も同然なのだから。

 

 何故ならば、この世界において竜は紛れもなく最強の生物だからである。

 先も説明したように、魔物は生物の持つ常識を超越した存在だが、中でも竜は別格だ。

 無論、竜にも多種多様の種類があり、個体差もあるので例外は多々あるが、高位の竜にはあらゆる存在にあって然るべき欠点が、全く無いと言っても過言ではない。


 高い知性とそれに基づく高度な魔法技術を持ち、不死身の如き強靱な肉体によって文字通り「無敵」の戦闘能力を誇る。

 その存在はまさに完璧という概念をそのまま具現化させたようなものであり、だからこそ彼らは「生ける神々」とさえ呼ばれることがあった。

 

 それ(ゆえ)に竜の襲撃は、天災にたとえられる。

 いや、事実は天災よりも更に始末が悪い。

 

 天災は時に万単位の人命を奪う。

 地震であれ、竜巻であれ、津波であれ、それらが引き起こす破壊のエネルギーは、まともに巻き込まれれば人間には全く(あらが)(すべ)はない。

 

 だが、その破壊の影響下に無い地域にいる者にとっては、全く脅威にならないのも事実だ。

 事前に異変を察知して迅速に避難をすれば、犠牲をかなり軽減することができるのだ。

 

 しかし竜の襲撃は、そのように何らかの対策を立てたからどうなるという次元のものではない。

 竜には意志がある。

 人間を上回るほどの知性もある。

 たとえ人間達が逃げだしたとしても、竜が「人を襲う」という意志を変えない限りは、何処までも執拗に追ってくる。

 天災に匹敵する巨大な力を伴って──だ。

 まず逃げ切ることは不可能に近い。

 

 しかも逃げ切れぬからといって、竜に戦いを挑むことなど愚の骨頂である。

 確かに並の竜が相手ならば、軍隊を投入すれば倒せない訳でもない。

 まあ、この時点で戦力を持ち合わせていない小さな農村には、打つ手がないことを示しているが、それでもまだ絶望的というほどではない。

 

 だが高位種の竜は、最早軍隊の兵員を何十万人と投入しようが、勝てるような相手ではない。

 実際、高位の竜のたった1個体によって、複数の国が滅ぼされた例はいくつもあった。

 それどころか、ただ滅ぼされただけにとどまらず、この世界から国が丸ごと1つ、物理的に消滅させられた例すらもある。

 

 国の政治体制が崩れたどころの騒ぎではない。

 広大な国土が竜の襲撃によって、全て焦土と化したのだ。

 人も、建造物も、森も、山も、平原も、ありとあらゆる物が焼き払われた。

 

 そのような真似ができる竜を相手にして、人間が抵抗したところで何の意味があるのだろうか。

 そんなことよりも高位の竜と遭遇した人間は、「死」という運命を受け入れて、無駄な抵抗をしないことの方がまだ生き残る可能性がある。

 そうしていれば、竜が気まぐれで見逃してくれることが、ごく(まれ)にあるからだ。

 逆に下手な抵抗を試みて竜の気分を害せば、確実な死は避けられない。

 

 結局のところ、一度(ひとたび)竜に目を付けられてしまうと、その者は逃げようが、戦おうが、その行為には大した意味など無い。

 竜のなしたいようになる──それは絶対に揺るぎのない、この世界においての定めであり、法則であり、規律であった。


 竜の前では人間の存在など、(ちり)ほどの意味もない。

 その竜の脅威に村が晒されている事実を前にして、カミユは愕然とするしかなかった。

 

「逃げも隠れも、ましてや戦うこともできない……。

 どうすればいいんだよ……。

 折角あの邪竜大戦にも巻き込まれずに、今まで平和にやってきた村だったのに……」

 

「……それで運を使い果たしたのかもしれないな」

 

「くっ……!」

 

 ザンの言葉にカミユは(うめ)いた。

 彼女の言葉は嫌味のように聞こえるが、今この現状に至っては反論のしようがない厳然とした事実のようにも思える。

 

 今現在、たった1匹の竜の所為で村が存続の危機に瀕しているが、130年ほど前には十数万にも及ぶ竜達が、後に「邪竜大戦」と呼ばれる種族間戦争を引き起こした。

 その余波で人間社会は根底から(くつがえ)され、当時世界に存在した国家の九割以上が崩壊した。

 その時に失われた人命は数十億にものぼると言われている。

 

 また、嘘か(まこと)かは定かではないが、大陸が1つ海中に没したという話もあるほどの凄まじい被害が世界にもたらされた。

 そんな世界の終末と言っても過言ではない大破壊の中で、さほど被害を受けなかったサントハム村は、まさに奇跡的な幸運であったと言える。

 だが、そんな幸運が何度も続くことは有り得ない。


「どうすればいいんだ……」

 

 カミユは頭をかきむしりながら、再びテーブルに突っ伏した。

 そしてブツブツとつぶやきながら、これからの方針を模索しているようだった。

 しかしこのような重大な問題を、1人で思い悩んでも答えなど出る訳がない。

 だが相手が竜だけに、この危機を村人達に知らせたところで何の対策もできないだろう。


 それならば何も知らないまま、竜の襲撃を受けるまで平和に暮らしていた方が、無用な恐怖を感じずに済んでまだマシなのかもしれない。

 結局、村人に相談することもできないのならば、今この場にいるハンナとザンを相手に議論するしかないのだが、カミユはそんなことにも思い至らないほど切羽詰まった精神状態になっているようだ。

 

 だが、その点ハンナはまだ冷静だった。

 顔こそ蒼白にはなっているが、父が行方不明になって為に最悪の事態を覚悟していたのか、そのおかげでカミユよりは動揺が少ないように見える。

 

「……つまり、ええっと、ザン?……さんといいましたか? 

 あなたのお話が事実だとすると、私のお父さんは竜に襲われたということになるのですよね?」

 

「……その可能性は高いと思う」

 

「なるほど……。

 では、少々疑問があるのだけど、何故そのことをあなたは私に伝えてくれたの? 

 それよりもこんな竜が出現するかもしれないような危険な場所から、一刻も早く逃げ出していればいいものを……。

 いくら相手が竜とはいえ、まだ逃げることが手遅れではないのでしょう? 

 村の人達が竜のことを知って騒ぎ出せば、竜も動き出すかもしれないけど、今の内なら、森の木々に紛れて移動すれば、あなた1人くらいなら逃げ切れる可能性も十分にあるのでは?」

 

「そういえば……」

 

 ハンナの疑問に触発され、カミユにもいくつかの疑念が湧いてくる。

 もしかしたら、この銀髪の少女は、竜の襲撃があるという嘘で村人を(まど)わし、そこにつけ込んで何らかの詐欺行為を働くつもりなのではないだろうか。

 そうでなければ、これから滅びるかもしれない村に、この少女が留まり続けるのはおかしいことのように思える。

 

「オイ……ん、なんだよハンナ?」

 

 カミユは疑惑の眼差しをザンに向けて何か言おうとしたが、ハンナに手で制された。

 ハンナは疑念こそ口にしたが、実のところザンを疑ってはいなかった。

 彼女の心の内は、その表情の希薄さ故に読むことはできなかったが、何かを企んでいる者の表情はもっと豊かだ。

 信用を得ようとして、もっと愛想よくしてもいいはずだ。

 

 だが、ザンにはそのような素振(そぶ)りは、見えなかった。

 むしろハンナは彼女から、自身と共通する何かを感じるような気さえする。

 おそらく彼女になんらかの目的があることは確かなのだろうけれど、それは自分達を(あざむ)く為のものではないようにハンナは感じた。

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