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―消えた人々―

 青年の問いに少女は一瞬の沈黙を作ったが、やがて面倒くさそうに答える。

 

「……そこに用がある。

 村でその家の人が、行方不明になった──って聞いたから……。

 詳しく話を聞きたい」

 

 少女は伏し目がちに、小さな声で目的を告げた。

 その表情にはあまり変化は無いが、どことなくオドオドとしている印象がある。

 どうやら彼女は、人と会話することがあまり得手(えて)ではなさそうだ。

 

 それはさておき少女の言葉通り、この道の先にある家の住人が行方不明になったというのは事実である。

 その人物は先日狩猟目的で山に入り、そのまま帰ってこなかった。

 しかもその人物を捜索しに行った者達の中からも、更に数名の者が姿を消した。

 

 確かにこれは奇妙な事件であり、人の好奇心を刺激するものがある。

 だが、余所者が興味本位で首を突っ込んだところで、何の益も無いであろう事件だ。

 

「何で……そんなことを調べているんだい? 

 村人の行方不明事件なんて、村の人間じゃない君には関係ないだろう」

 

 (いぶか)しげな青年の問いに、少女はゆっくりと首を左右に振った。

 

「関係はある。

 このまま手遅れになったら、後味が悪い……」

 

「手遅れ……?」

 

 確かに行方不明者が出てから、既に4日近くにもなる。

 もしも行方不明者が何処かで遭難しているのならば、そろそろ手遅れになっているのかもしれない。

 冬が明けて間もないこの季節の夜の気温はまだまだ低く、人の体力を容赦なく奪う。

 下手をすれば一晩でも、最悪の事態になりかねないだろう。

 

 しかしそんな見ず知らずの人間が命を落としたところで、それは悲劇ではあるが、この余所者の少女が気にしなければならないようなことではない。

 こんな悲劇は世界中の何処にでも、それこそ日常的に転がっている。

 それをいちいち気にしていたら、とても精神が堪えられないだろう。

 

 そんな青年の心中を察したのか、少女は静かな──しかし厳然とした口調で答える。

 

「そう、手遅れ。

 後味が悪いなんてものじゃないぞ。

 ……知っているか? 

 ここから東にある町の住人が、全員消えたのを?」

 

「な……」

 

 青年は絶句する。

 ここから東にある町──おそらく隣町のブランカ町のことで間違いないのだろうが、確か町の人口は1000人を超えていた。

 その住人が本当に全員姿を消したのならば大事件ではあるが、それだけにとても(にわか)には信じられない内容だ。

 だが――、

 

「……確かにブランカの町の方から人が全く来ないって、村のみんなも噂していたっけ……。

 君……町の人がいなくなったのを、自分の目で確かめてきたのかい?」

 

 その問いに少女はコクリと頷いた。

 

 青年の顔は、わずかに青ざめる。

 隣町の住人が全て姿を消した。

 そしてこの村でも、既に姿を消した者がいる。


 必然的にこの村が、隣町の二の舞になる可能性は容易に想像できた。

 そして人が消える原因は定かではないが、もしもそれが生命に関わることならば、このままのんびりとはしていられない。

 

「……そうか、じゃあ君にも色々聞きたいこともあるから、それを聞かせてもらう代わりに、あの家の人を紹介してあげるよ。

 それでいいかな?」

 

 青年の言葉に、少女は再びコクリと頷いた。

 

「じゃあ、僕についてきて。

 ハンナ……あ、あの家に住んでいる()だけど、彼女と僕は幼馴染みだから、僕の紹介なら見ず知らずの余所(よそ)者でも話を聞いてくれると思うよ。

 でも父親がいなくなったばかりだから……あまり刺激しないように気を付けてくれよ?」

 

「父親が……」

 

 少女の表情の薄い顔が、少し神妙なものへと変わった。

 それを見た青年は、

 

(あれ……? 

 この娘も親御さんがいないのかな……?)

 

 そう思ったが、実際の所はよく分からなかったし、さすがに無遠慮に聞くのも気が(とが)めた。

「ま、まあ、とにかく急ごう。

 あ、僕はカミユって言うんだけど、君は?」

 

 青年――カミユは、自ら名乗ってから少女の名前を聞いた。

 これから人に紹介するのに名前が分からないのでは問題だろうから、当然の質問ではあるが、少女がさんざん勿体ぶってから返ってきた答えは、彼にとって少々予想外のものだった。

 

「……………………ザン」

 

「……ハイ?」

 

 カミユは一瞬聞き間違いでもしたのかと思ったが、少女は不機嫌そうにその名を繰り返す。

 

「……ザンだ。

 ……何か文句でもあるのか?」

 

 どうやらカミユの聞き間違えではないようである。

 しかし、「ザン」という奇妙な響きの名は、普通女性の名前としては滅多に無いというか、有り得ないと断言しても良いだろう。

 どちらかといえば男性につけるべき名前であるが、それでも珍しい部類に入るであろう名前だ。

 彼が戸惑うのも無理はなかった。

 

「いや、文句はないけど……って、え? 

 それは偽名か何かなのかな?」

 

「……そんなの、あんたには関係無いだろ」

 

「あ、ああ……そうだよねぇ……」

 

 不機嫌そうな少女ザンの様子に、カミユもそれ以上は突っ込めなかった。

 

(まあ……雰囲気や口調もちょっと男の子っぽいし、似合っているといえば似合っているのかなぁ……?)

 

 カミユは取りあえず、そう納得することにした。

 よく考えたら今は、名前がどうこうと口論している場合ではなかった。

 村人の行方不明事件について大きな進展があるかもしれないのだから、まずは一刻も早く目的の家に行って、このザンと名乗る少女から話を聞くことが先決だ。

 

「まあ、とにかく急ごう」

 

 と、カミユは先程口にした言葉をまた繰り返した。

 そんな彼が歩む道の先には、木造平屋の小さな家が見えていた。

 明日の日曜日は定休日です。

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