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―滅亡に瀕した町―

 宿屋「精霊の憩い亭」の食堂は、静寂に包まれていた。

 もっとも、そこにはたった2人しかいないのだから、そうそう滅多なことでは騒がしくのなりようも無かったが、それだけでは説明のつかない重い静寂である。

 屋外から聞こえてくる蝉の鳴き声さえも、その静寂を乱すことができず、むしろ引き立たせているような(おもむき)さえあった。

 

 そんな食堂のテーブルを挟んで向かい合って座っているのは、ザンとルーフだ。


 ルーフは項垂(うなだ)れたまま黙っている。

 ザンへと詳しい説明をするとは言ったものの、未だに決意が固まっていないのか、なかなか口を開こうとはしなかった。

 

 そしてザンもまた、急かすでもなく沈黙を守っていた。

 ……が、それがかえって無言の圧力となって、ルーフを攻め立てているようにも見える。

 

 やがてルーフはこの静寂に耐えきれなくなったのか、渋々ながらも語り始めた。

 

「あれは……3年前のことです」

 

 語り始めたルーフの声はか細く途切れ途切れで、それはまるで何者かにこの会話を聞かれていないかと怯えているようでもある。

 あるいは自らがこれから語る話の内容そのものに、怯えているのかもしれない。

 その話は、次のようなものであった。

 


 時間(とき)は3年ほど(さかのぼ)る。

 当時コーネリアの町は、何気ない日常がただひたすらに繰り返される、それだけが取り柄の平和な田舎町であった。

 

 だがある日、町は当たり前のように享受し続けていた平和を、突然に失った。

 それは町が盗賊団による襲撃を受けたことが、発端であった。

 そう、これでもまだ発端である。

 

 しかし盗賊団の時点で、状況は町人達にとって絶望的だった。

 事実、盗賊団とは言っても尋常な規模ではなく、その総数が100人より少ないということはなかっただろう。

 正確なところは誰も数えていなかったのでついぞ分からなかったが、もしかしたら200人に届いていた可能性すらある。

 

 そんな盗賊団が何処から来たのか──それはコーネリアから東に山を5つほど越えた地にある、隣国ウタラとの国境だと言われている。

 当時そこでは、侵攻してきたウタラ軍との武力衝突が起こっていた。

 いや、武力衝突自体は、過去数十年で幾度となく繰り返されている。

 ただ、町からは直線距離こそ近かったが、旅人も殆ど訪れない辺鄙(へんぴ)な土地だったおかげか、戦闘の影響を受けたことはこれまでに無かった。


 だが、今回は違った。


 おそらくは、国境の戦場から逃亡した敗残兵達が、町を襲った盗賊団の正体だったのではないか……と、噂されている。

 が、盗賊団の正体がなんだったにせよ、小さな田舎町のコーネリアには、それに抗う(すべ)があるはずもない。

 

 町の治安を守る自警団のような組織はおろか、まともに戦い方を知っている者さえも殆ど存在していなかったのだ。

 その上、コーネリアが属するクラサハード王国は、複数の隣国との戦役の最中(さなか)であった為に、小さな田舎町の襲撃事件にいちいちかまっていられる余裕など無く、軍隊の助けを期待できる状況でもなかった。


 そもそも町は、軍隊に助けを求める連絡手段すら持っていなかった。

 何処の誰に助けを求めればいいのかすら分からず、更に町から脱出して近隣の町村へと移動する為の馬すらいない。

 殆どの住人は、町から一度も外へ出ることも無く、その生涯を終えるのが当たり前だったからだ。

 

 その結果、人々は町外へ逃げる事も叶わず、盗賊達の非道な行いの数々――金品・食料の略奪、女達への凌辱、果ては住人の殺害さえも甘んじて受けなければならなかったのである。

 故に当時のコーネリアは、存続の危機に瀕していたと言っても過言ではなかった。

 盗賊団が現れてから、たかだか2日でそこまで追い込まれてしまったのである。

 

 最早、町の住人達には「神」に救いを求めて祈る以外の道が無いほど、追いつめられていた。

 ありもしない存在に祈ったところで、それはただの現実逃避であり、結局は徒労に終わるはずだった。

 それでも彼らは、祈らずにはいられなかった。


 ……その必死の祈りは、不幸なことに「神」を本当に呼び寄せてしまったのである。


 

 滅亡に瀕していた町を救ったのは、1人の老人であった。

 「カード」と名乗るその老人は、いつの頃からか人知れず町はずれの廃屋に住み着いていた。


 少なくとも盗賊団の襲撃事件が起こる1年以上前から、カードの姿は町の住人達に目撃されてはいたが、住人達は彼が普段どのような生活を送っているのか、いや、何故生きていけるのかさえ全く分からなかった。

 何故ならば、カードは普段から屋敷に引きこもっていて、人前に姿を現すことが滅多に無く、それどころか日常生活に必要な品、特に生きる為には絶対に必要な食料さえも町に買いに来ることが無かったからである。

 

 仮に必要な物を何者かに送り届けてもらっていたとしても、カードの屋敷にはカード自身を含めて全くと言って良いほど人の出入りが目撃されることは無かったし、そもそも生活していれば必ず生じるはずのゴミなどが、カードの屋敷から排出された気配もまるで無い。

 紙などの腐らないものならまだしも、料理を作る際に発生する生ゴミやトイレの糞尿、生活排水等、それらは貯め込めばすぐに腐って悪臭を放つはずだが、そのような状態に陥っている気配も無いようだった。


 その事実を鑑みると、この屋敷においては少なくとも生者が生活をしているようには見えなかったのだが、それでもその屋敷にはカードという老人が確かに存在していたのである。

 だから町の住人達の中には、この得体の知れない人物を危険視する者も少なくはなかった。

 屋敷に引きこもって一体何をしているのか、いや、そもそも彼は人間なのか、と――。

 

 それでも下手にカードを刺激して、なんらかの報復を受ける可能性を考えると、結局町の住人達には傍観者に徹することしかできなかった。

 今までは何も事件が起きなかったのだから、これからもそうであることを期待しよう──触らぬ神に祟り無し、という訳である。

 

 そんな風に、町の住人達にとってはある種の脅威として認識されていたカードであったが、彼は盗賊団の襲撃を切っ掛けにしてその立場を逆転させた──ように見えた。

 「ウタラ」という国は、そのうち外伝に出てきます。また、「複数の隣国との戦役」とありますが、ウタラ以外にもう一国あるという事です。こちらの方は本編に出てきます。

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