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―遠い未来へと続く記憶―

(なんだか……フラウヒルデも、段々叔母様に似てきたな……)

 

 リザンはそう思いつつ、娘の将来に不安を感じる。

 エデンにも叔母と同様の、傍若無人な性格になりそうな兆候が既に見られるからだ。

 

 そんなエデンは、リザンの腕の中でジタバタともがいている。

 あまりにも暴れるので、床におろしてやると、彼女はサデュムのところへと這っていき、そして「これは自分のだ」と主張するかのようにサデュムにのしかかって、その身柄を確保していた。

 生まれて間もない乳幼児にあるまじき、行動力である。

 それを見てリザンは再び大きく嘆息するが、すぐに幸せそうに微笑みを浮かべた。

 

「何が嬉しいんですか?」

 

「ああ、ルーフ。

 夕食ができたのか?」


 いつの間にかルーフが部屋に入ってきていることに気が付いて、リザンはほんの少し顔を赤らめた。

 他人を全く意識していない時の素の表情を見られるのは、なんだかちょっと気恥ずかしい。

 

「ええ、夕食はできましたよ」

 

「ああ、そうか。今行くよ」

 

「で、何が嬉しかったんですか?」

 

 リザンはその話題をサラリと流したつもりだったのだが、ルーフはダムを造ってしっかりと流れを塞き止めていた。

 しかも彼は興味本位で質問しているというよりは、既に答えを得て確信しているかのような笑顔を浮かべている。

 それが意図しての物なのかどうかはともかく、こんな全てを見透かされているかのような顔をされると、かえってはぐらかしにくい。

 

「いや……なんだか不思議だと思ってさ。

 数年前までは、自分が母親になることがあるなんて、思ってなかったからさ」

 

「それは僕も同じですけどね」

 

「……ルーフが父親だってのは、私も未だにちょっと信じられないような気がしないでもない」

 

 リザンは少なくとも大人には絶対見えない夫に対して、そう言った。

 父親というよりは、むしろ母親と言った方がまだ近いような気さえする。

 

「とにかくさ、帰る家があって、友達がいて、家族がいて、それはささやかで当たり前のことなんだけどさ、昔はこんな当たり前のことさえ手に入るなんて思っていなかったんだ。

 その時と比べたら、今の自分はなんて幸せなのか──って思うよ」

 

「そうですね」

 

 微笑みながら語るリザンの言葉に、ルーフも微笑みながら(うなづ)いた。

 しかしそのリザンの微笑みには、徐々に寂しげな影が帯びる。

 

「でもさ、昔の私がそうだったように、その当たり前の幸せも手に入れられない人は、今も何処かに──それも数え切れないくらい沢山いるんだろうな。

 ……私が今感じているこの幸せを、みんなが等しく手に入れられればいいのにな。

 

 そして、その幸せな記憶が、エデンやサデュム達のような次の世代の子供達も同じように持つことができて、それがその子供達のそのまた子供達にも……ずーっと未来へと受け継がれていけばいいなあ、と思うんだ」

 

 そう語りながらリザンの視線は、何処か遠くを見ていた。

 彼女は知っていた。

 彼女が語るその希望は、いつか踏みにじられる日が来るということを──。


 事実、これまでにも大きな戦いが幾度無く繰り返され、この世界から悲劇の芽が刈り尽くされたことは、一度として無かったのだから。

 

 そう、いずれは太古の世界を滅ぼしかけた「神々の黄昏の邪神」が復活するであろうことを、竜王の記憶の一部を受け継いでいる彼女は知っていた。

 それにティアマットによって、魔界へと向けて掘られた空間の穴も閉じた訳ではない。

 そこから魔界の悪魔達が、無数に這い出してくることもあるのかもしれない。

 

 今、彼女達を包んでいる幸せは、決して永遠の物ではなく、むしろとても(はかな)く脆い物なのだろう。

 だからこそ──、

 

「時が来たら……私はまた戦うんだろうな。

 でも、この子達の笑顔を守るためならば、私は命を懸けてもいいと思うんだ」

 

 子供達に優しげな視線を注ぎながら、リザンは呟いた。

 

「それは僕も同じですよ。

 ただ、今問題なのは、このままでは折角の夕食が冷めてしまうことですね」

 

「ああ、そっか!」

 

 リザンは慌てて食卓に向かった。

 彼女達には未来のことも大切だが、夕食も同じくらい大切であった。

 今のこの幸せが永遠でないからこそ、たとえささやかな日常であったとしても、1つ1つを真剣に噛みしめていかなければ、きっといつか後悔するだろう。

 

「じゃあ、エデンにサデュム。

 ちょっと行ってくるから、大人しくしていろよ」

 

 そう言い残して食卓へ向かう両親の背を見送ったエデンは、ウトウト眠りに入ろうとしていた。

 その一方で、姉の下敷きとなっているサデュムは、圧迫死するかどうかの重大な局面に立たされ、弱々しくもがいていた。

 

 この後、グッタリとしたサデュムを発見した両親が大騒ぎしたのも、いつかは良い思い出になるのかもしれない。

 取りあえずこの騒がしい日常は、まだ当分の間は続いていきそうだった。

 ちなみに魔界の悪魔が云々の話は、別の作品『ロスト・ウィザード』で少しだけ語られています。そしてあの作品の主人公は、『斬竜剣』の登場人物の中の誰かです。

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