―厄介な客人―
ブックマーク、ありがとうございました。
リザンは暫しメリジューヌの遠ざかる後ろ姿を見送っていたが、その姿が屋敷の正門から出て行くのを見届けると、家の中に戻っていった。
すると奥の方から──、
「あれぇ?
メリジューヌさん、帰っちゃったんですかぁ?」
「ルーフ」
スリッパの音をパタパタとさせながら、エプロン姿の少年──ルーフが小走りに出てきた。
いや、少年とはいっても、実際の年齢は既に立派な成人である。
しかしその見た目は、どう高く見積もっても十代半ばにしか見えず、しかも彼には未だに変声期が訪れていなかった。
故にその可愛らしい顔立ちと、低い身長の所為もあって、女の子に間違えられることも多い。
むしろ以前よりも髪を少し伸ばした所為か、その傾向に拍車がかかっている。
本人はもう、開き直りを通り越して、面白がっているらしいが……。
だが、それでも彼はこの家の世帯主であり、一応は一家の大黒柱であった。
そう、リザンとルーフは結婚していた。
恋愛経験が無く、奥手な2人であったが、元々生まれの境遇などが似ていた所為もあってか、相性は悪くない。
その上シグルーンが余計なお世話を焼いて、裏から色々手をまわしてくれたおかげで、2人の仲はゆっくりとではあるが進展し、ついに1年ほど前にゴールインに至っている。
現在2人は、シグルーンの屋敷の敷地を間借りして建てた家で、新婚生活を満喫していた。
「折角、腕によりをかけて夕食を作っていたのに……。
せめて食べていくように、引き留めてくれれば良かったじゃないですか」
「いや、私もそう言ったんだけどね。
夕食を食べていったら、いよいよ帰りが遅くなるからって……。
だから、ルーフに引き止められる前に帰った。
お前、意外と強引な所があるからな。
ま、賢明な判断だろう」
リザンにそう言われて、ルーフは軽く唇をとがらせる。
「もう……。
でも、それじゃあ、折角作った料理が余っちゃうなぁ」
と、ルーフが不満げに呟いたその時である。
「あ、それなら私が食べていきますから、大丈夫ですよ」
奥の部屋の方から、そんな声が聞こえてきた。
それを聞いた2人は、一瞬顔を見合わせて動きを止めたが、すぐにリザンはツカツカと足早に奥の部屋へ向かい、
「いや、あんたは帰れよ!」
と、部屋に入るなり、突き放すように言う。
「なんと!?
私に出て行けと申されますか、従姉殿っ!?」
と、これまた銀髪の女性、フラウヒルデは驚愕の表情で振り返った。
「うん、出てけ」
「そんな、キッパリと……!」
冷淡な従姉の返事にフラウヒルデは傷付いたような顔をするが、
「そんな顔をしても駄目だ。
あんた、もう3日もこの家に、入り浸っているじゃないか。
1年ぶりくらいに武者修行から帰ってきて、久し振りだからって我慢していたけど、少しは新婚家庭に気を使って、夜くらいは自分の家に帰れ。
すぐ隣なんだからさぁ……」
と、リザンは同情の念にほだされることはなかった。
しかしそれでもフラウヒルデは、
「いや……でも、なんだか子供達から目が離せなくて……」
と、言いながら正面に向き直った。
結局帰る素振りを見せない。
フラウヒルデの視線の先には、生後3~4ヶ月ほどの、男の子と女の子の乳幼児が絨毯の上に転がっていた。
2人ともまだ薄くではあるが、見事な銀髪をしており、瞳の色も紅い。
彼らは最近生まれたばかりの、リザンとルーフの子供達であった。
2人は当然双子なのだが、性別が違う所為か、顔付きは全く同じではなかった。
二卵性の双子だからなのだろう。
女の子は姉で、エデンと名付けられいる。
母親に似にて、どことなく気の強そうな顔立ちである。
弟の方はサデュムと名付けられた。
こちらは父親に似て、明らかに姉よりも女の子らしい繊細な顔立ちをしていた。
身体も姉よりもやや小さく、ちょっと弱々しい。
フラウヒルデは今、この子供達が大のお気に入りであるようだった。
いや、正確には弟のサデュムのあまりの愛らしさに、夢中となっているようであった。
誰かが止めないと、1日中サデュムの様子を観察しているほどに。
今現在もフラウヒルデは、じっくりとサデュムに熱視線を注いでいる。
うつ伏せになってハイハイの練習をしていたサデュムは、彼女の視線に気付いたのか、そちらの方へと視線を向けた。
相手が母親に似た容姿をしている所為か、サデュムに人見知りをした様子はない。
フラウヒルデとサデュムはじっと視線を絡ませあい、まるで目と目で会話しているかのようだ。
そして、フラウヒルデの何かを気に入ったのか、サデュムは「ニパっ」と、最上級に愛らしい笑顔を浮かべた。
それにつられて、彼女は「へにゃっ」と相好を崩す。
武人の道一筋に生きてきたフラウヒルデも、サデュムの愛らしさには完敗であるようだった。




